2020年09月

2020年09月30日

10日ほど前のニュースで元TOKIOのメンバー某がまた飲酒で事件。
バイクで車に追突したがアルコールが基準値の数倍も検出されて逮捕。
・・・という記事を見たが、また酒でやらかしたかと感じただけだった。

もう、飲酒運転なんか童子とは無縁のもの。
他人の飲酒云々など、ほとんど興味はなくなっていた。

その後も、ネット記事ではその事件を何度も掘り起こしていた。
マスコミもしつこいなあと思いつつも暇にまかせて記事を眺めると、
炎上とまでは行かないが、読者の多くのコメントが寄せられていた。

アルコール依存症はなかなか治らない病だとか、
自助会に掛かっていなかったせいだとか、
アル中でない人が、依存症を知ったかぶりしたようなコメントがやたら多い。

いやいや、”素人”が何を言ってるんだかねえ。
そうじゃないんだよ。アル中とはねえ・・・と、
生粋の元(?)アル中の自負心(?)からか、
童子もコメントを入れたくなったが思い留まった。

ここ数年、なんとか酒を止めているとはいえ、
えらそうに人様に物言える身分ではないのだ。
何を隠そう、童子も昔日は飲酒運転が常態化していたのだ。(´・ω・`)

当時は、己の飲酒運転が危ないなどとは微塵も感じてはいなかった。
酔っても精神集中すれば運動神経は反って研ぎ澄まされるものだ、
などと正気(?)で思っていた異常な自信。
それがもうアルコールに侵されている何者でもないのだが。。。

よくぞあれだけ深酔して運転してたなと、今考えると空恐ろしくなる。
朝まで友人としこたま飲んで、友人を家まで送ってやるよと車を運転。
早朝の京都の狭い路地を猛スピードで駆け抜けた。

酔いつぶれていた友人もシートから起き上がり、
怖くなってスピード落とせ、落とせと叫ぶ。
童子は、大丈夫大丈夫とアクセルを緩めない。
本当は、少しも大丈夫ではなかった筈だ。

そんな事を、何度も何度も繰り返していると、
飲酒運転は何とも思わなくなる。
時たま、ヒヤッとした事も何回かあるが、
俺の運転は大丈夫という自信さえ蓄積されていた。

しかし、自動車教習所で教わっても馬鹿にしていた
かのハインリッヒの法則は実に正しかった。

数年前のブログに書いているが、
遂に、ある小雨の降る夜、
当時走っていた路面電車のレールにスリップして、
対向車線を走っていたタクシーと激突してしまった。

助手席の友人とタクシー運転手は怪我をして入院。(童子は軽症)
タクシー自体は”オシャカ”になった。(童子の車もオシャカ)
”オシャカ”とは、タクシー業界の用語で、
廃車するしかない状態のことだと、その時教わった。

対物保険が切れていても慢心していたのが祟り、
全額自腹を切るしかなかった。
親には言えず、友人数人に無心して100万円借りた。
土日も夜も連日必死で働いて、2年間かかって返済した。

幸いにも、タクシー運転手は後遺症もなく、
2週間程度の入院で退院できたものの、
これが、乗り上げた歩道の生身の人でも撥ねていたら・・・。

今でも不思議と鮮明に思い出す幾つかの危険な瞬間があるのだ。
渋滞にいらだち、祇園石段下の路面電車軌道内を不法に走り抜けた時、
もしも、観光客が車の間から横断してきていたら。
あの早朝の下鴨の住宅街の狭い路地を猛スピードで駆け抜けた時、
もしも、小学生でもふらっと飛び出していたら。

間違いなく一発で撥ねていたであろう。
一歩間違わなくとも、十分に殺人者になっていたのだ。
今でも思い出すに顔面蒼白、背筋が凍る思いがする。(; ̄Д ̄)

たまたま運が良かっただけである。
一生後悔しなければならないで済んだ事に感謝せねばならない。

元TOKIOの某も、まだまだそういう境地には程遠いようである。
断酒できないなら、今後も何度も修羅場が待ち構えている。
その前に50代前半で命を落とすかもしれない。

アルコール依存症が他人のアル中を気遣うことはない。
本人が気づかねば、いつかは悲惨な結末があるだけだ。
アル中のまま生きながらえて天寿を全うするなど稀有であろう。

いやおそろしやおそろしや。
かつての酒呑童子も改心して、今や人の身。
自称無神論者であることも忘れて、
ひたすら神に祈りをささげるのであった。φ(.. )

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