2019年04月

2019年04月30日

先日、某国営放送局のドキュメンタリーで、
『ZARDよ永遠なれ 坂井泉水の歌はこう生まれた』とかいう
フレーズに何か感じるものがあって録画していた番組を再生してみた。

芸能分野に疎い童子は、ZARDという音楽ユニットを良くは知らなかった。
また、大半の作詞を手がけたボーカルの坂井泉水という女性が、
40という若さで、2007年に謎の死を遂げたという事も、
ほとんど知らなかったのである。(知ってたら、どうこうと云う訳でもないが・・・φ(.. ))

2時間ばかりの番組を、ああ、こういうアーチストがいたのかと、
幾許かの感傷にとらわれながら視聴していたのだ。
最初にヒットしたらしい『負けないで』という曲は、
飲んだくれ時代に、何処かで何度か聞いた曲である。

童子が、うだうだ通っていたカラオケスナックなどではない。
なにかしら健全さとか力強さが漂う感じがして、
薄暗い場末の酒場には似つかわしくない唄である。(´・ω・`)

そうだ。思い出した。秋晴れの蒼い空。運動会である。
一昔前に、運動会で競技を盛り上げるバックグラウンド曲で、
何度も掛かっているのを記憶していたのだ。

どうも、アートに関しては、いびつなジャンルの情報しか
童子の芸能データベースには、形成されていないようで、
まあ、今更どうこうしようという気もないのであるが。。。

で、『負けないで』の曲からは、童子生誕以来の運動会の記憶が
走馬灯のように次々と蘇ってきたのである。(大げさか)


昭和の大昔の世の中は、今よりも酒に対して、
ずいぶんと大らかで寛容であったように思う。

小学校の運動会となると当時は年1度の大行事で、
待ち構えていた親爺連中が一升瓶を抱えてゴザに陣取り、
酔いの回った蛮声で我が子や親戚の子を応援しては、
昨夜から用意された重箱をつついていた光景が残像となっている。

もっとも、根っから運動が苦手だった童子は、
徒競走も遅くて、ビリっけつに近かったので、
常に1等賞を取る運動神経抜群の同学年の従兄弟とはちがって、
親爺連中の運動会の酒宴での称賛対象とはならず、
運動会自体に、そんなには良い思い出はないのである。φ(.. )


いつの頃からか、世間に、そういう寛容さはなくなってしまい、
日本中のどこの学校関係を探しても、相当な田舎であろうが、
運動会で飲酒オーケーという所はなくなっているであろう。

既に、童子の娘が幼稚園だった頃は、
運動会での飲酒は全面的に禁じられていた。

それでも飲むのが依存症の依存症たる所以で、
弁当袋に忍ばせた缶類やワンカップ類を隠れ飲みしていて
当時の嫁の母親に見つかり、咎められた記憶がある。φ(.. )

更には、嫌々ながら半強制的に親子競争に参加させられるも、
隠れ飲みした最後の焼酎の酔いが決まってしまい、
来賓席の真ん前の最終コーナーで足がもつれ大転倒し、
親戚縁者から顰蹙を買った記憶もついでに思い出した。(T_T)

まあ、酒を止めた身の上であるから、
運動会などで禁酒になろうが、童子自身は、
今では何ら困ることもないわけだが、
世の中の寛容さが次第次第に失われて行った平成から
令和になろうとも、何故か昭和にノスタルジーを感じるのである。
ALWAYS 三丁目の夕日の世界かな。

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