2018年03月

2018年03月30日

タイの話の続編です。
前々回の、バンコク市内まで社用車で出掛けた話の時刻まで遡り戻ります。

市街は渋滞を極め、のろのろ運転で気分が優れなかった童子であるが、
タニヤのあたりで車から降りると、ようやくアルコールを浴びる事ができると思えば、
少しは気分が晴れてきました。

日本人向けの店が立ち並ぶストリートで、
二谷英明(本名は失念)部長に案内されて着いたのは、
カンバンが『築地』という和食割烹のような店。

メニューの価格には、時価という文字が多く並ぶ。
それもその筈、その店の売りは、
東京築地市場で仕入れたネタを、
航空機で店まで直送しているのだそうな。

そりゃあ、時価になるわな。
結構な値段になるのだろうね。でも知りません。
まだ日本列島がバブルの弾ける前の時代。
接待費などの会社の経費は湯水のように使えた時代。

童子と同僚は、普段は食さない高級食材を鱈腹いただき、
日本酒も越乃寒梅なんぞの銘柄を指名して、大満足であった。(´∀`)

そうか。
築地から豊洲に移転したら、あの店も看板も替えることになるのかな。
しかし、『豊洲』のカンバンでは、何かちょっと淋しいねえ。φ(.. )


さて、一段落して『築地』を出ると、二谷英明部長は、
夜の帳の降りたパッポンという歓楽街へ、
いかにも馴れた様子で、童子達を案内する。


二軒目は、あの手の(今でいうニューハーフ)店はどうですか、
という誘いを断り、普通の健全な(?)バーにしてもらった。
ビルの最上階にあった高級そうな趣味のよい店で、
女性スタッフが、「サワディー」と言って迎えてくれたのを思い出した。

前夜、ヤモリと毒蛇(その後、ベッド下の気配はなく正体不明のまま)
と一夜を過ごした童子は、鬱憤を晴らすかのように飲みまくるのでした。

昨夜の事件があったので、現地法人は気を利かせてくれて、
宿を変更して、市内のホテルに荷物ごと移動させてくれていた。
流石にシャングリラやシェラトンには届かないまでも、それなりのシティホテル。
勿論、天井にヤモリは居ず、ベッド下に生き物の気配もなかった。

そうして、次の朝、社用車の迎えで、再び工場へ。
昨日は、1日中会議と見学で目いっぱいの時間であったが、
本日は、午後で日程は終わり。
童子は、一人で工場内をうろつくことに、
別棟の工場の事務棟の長い廊下をふらふらと歩いていた。

前方から、すっと女性が現れた。背の高いすらりとしたスタイル。
化粧のせいか色白で、結構美形であるような。
会釈してすれ違うとき、何かの違和感を感じた。
あれ?これは、ひょっとして。。。( ・Д・)

童子は振り返った。なんと、以心伝心(?)。
彼女(いや、たぶん彼)も、振り返っているではないか。
しかも、意味ありげな笑みを浮かべて。

背筋がゾクとして、小心者の童子は、怖い物を見たかのように早足で遠ざかり、
ぐるりと建屋を一周して、生産管理課の事務所に戻ったのである。

そうすると、なんと彼女(?)が、生産管理課の端の席に座っているではないか。
また目が合ってしまい、彼女は不思議な笑みを浮かべて。。。
奥手の童子は、複雑な心境で軽く会釈を返すのであった。(´・ω・`)

童子は決して、その手の趣味はないのであるが、
何故か不思議と、その手に出喰わす機会が多かったのである。
六本木、新宿、キタ、ミナミ・・・思い出してしまった。('A`|||)
しかもとんと良い記憶はない。当たり前か。

大分前の記事『被強姦者の恐怖』にも書いたが、
あのときの恐怖がトラウマになっているのであろうか。
いまだに、あの手の方を見ると、一抹の恐怖と畏怖で心が疼くのだ。

ああ、くわばらくわばら。(;´Д`)

(注)尚、この記事は決してLGBTに対しての偏見に基づくものではありません。
   酒呑童子は、万物博愛主義者であります。(ホントか?)

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2018年03月04日

忘れてました。5年前の3月1日未明。
人生感ずる所ありて、断酒を真剣に覚悟。
気づいて見れば、実に丸5年の歳月が経過してました。(・ω・ノ)

短いような、長いような。
よくぞ、1滴もやらずに生き永らえたものだ。
数十年来の連続飲酒生活からは奇跡のような話。

動機はと問われれば、綺麗な言葉で言うなら、こういう事だ。
一生涯飲み続けて、いよいよ三途の河を渡る段になった時に、
おそらく、とてつもなく歩んだ人生を後悔する事になるだろう。
という天からの閃き(?)のようなものを感じたのだ。(´・ω・`)

その朝、生まれて初めて酒を断つ人生を目指そうと考えたのだ。
初めて自発的に医療機関の扉を叩いて、抗酒剤を手に入れた。
断酒会やAAはどうしても気が乗らず、代用としてのブログ断酒を思い立った。
それから、5年の月日が流れていた。

さりとて、飲酒欲求が消えたかと言えば、さにあらず。
今でも時折、心の闇には魔界の酒霊が蠢くさまも。
正直、連続飲酒発作が怖くて飲めないだけの話である。(T_T)

今、どういう場面でも、1滴とは言わないまでも、
ワンカップの1杯でも飲み干そうものなら、
即座に酒が止まらなくなる確固たる自信がある。

その様が、完璧に100%予想できるからして、
渇望を抑えられて居るに過ぎないという、
ネガティヴな断酒意識の側面が大きいかも知れない。

けれども、断酒できて本当に良かったとは思うのだ。
アルコール依存症の平均寿命は50代前半と言われている。
体が頑丈なせいか、その年代を超えて飲み続けても、
なんとか持っていたが、早晩間違いなく倒れていた筈だ。

とあれ、断酒してからの変化は大きい。

一つに、人格が丸くなったと言われるようになった。
酒の勢いでの暴言・諍いは皆無になった。
飲めば、喧嘩を売る買うという世界は無くなった。
あたりまえか。。。

二つ目は、メタボが解消し、体力が飛躍的にアップした。
童子は、酒太りする性質である。
最盛期は、もう数キロで3桁の大台に。
今や、ピークからは、25㎏以上減少した。

飲んでいた時代は、運動のウの字も億劫で動かずに、
時には痛風モドキで動くに動けずに、
階段を上がるのさえも、フーフーと唸っていた身。
今や、ひと月にマラソン換算すると5ラウンドを走行するまでに。

三つ目は、集中力が回復したことだ。
飲酒時は活字を読むという集中力も失われてくるものだ。
新聞も読めなくなっていた。部厚い書物も資料も論外である。
閃きだけで、部下に指示して仕事を乗り切ってきた。

いまや、退職しては、何事も一人でこなさないといけない。
営業もやらないといけない。見ず知らずの人に電話で売り込みも。
一人で、エクセルもパワーポイントもフォトショップも
イラストレーターもHTMLもPHPも。。。やむにやまれず。
こんなこと、会社員時代も飲酒生活では、できはしなかった。 

ただし、人間が生まれ変わったかと言えば、さにあらず。
単に、飲酒によるマイナスポイントが消えたに過ぎない。
本質的な脆さはひとつも変化はしていないのである。

そこが、死ぬまでのほんとうの修練であろう。
酒を止めたからと言って、人格者になるわけではない。
自己を深く見つめ直す修業が必要となる。

まだまだ倒れるわけにはいかない。
死ぬまで自己研鑽。己を見い出す旅は続くのだ。

今日は、やけに真摯な童子の呟きでありました。φ(.. )

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