2016年04月
2016年04月26日
つい先日。神戸で、なんと長さ124メートル、重さ1350トンもの工事中の橋桁が落ちて、
作業員が死傷したという動画ニュースが目に飛び込んできた。
車が沢山行き交う道路の上から、ぶらりぶらりと揺れながら巨大な橋桁が落下するシーン。
工事関係者10名もの死傷者を出してしてしまった事故となりました。
1350トンという途方もない重量では、ひとたまりもなかったでしょう。
御冥福をお祈りいたします。
しかし、一歩間違えばもう少しのところで、橋桁の下を走行中の車群に落下して、
追突・衝突の多重事故で阿鼻叫喚の大惨事になる所であった。
やっぱり、工事現場の仕事というものは、大変な危険がつきまとうものだなあ、
と感じつつニュースを見ていて、大昔の工事現場の一件を思い出したのです。
童子は学生の頃、生活が苦しくて色々なアルバイトを手掛けてました。
学習塾の経営の話は、ブログ記事『青春期の飲酒3』で書きましたが、
当初は知恵は働かず、もっぱら肉体労働の仕事が主体でした。
夜を徹してのイベント会場の設営作業。引っ越し屋さんのお手伝い。
早朝の牛乳配達。花市場からの配送作業。鴨川での環境測定。などなど。
なんでも稼ぐためにやりましたね。そう。建設現場の作業員もやってました。
同じ肉体労働であっても、他の仕事と比べれば圧倒的に時給が高かったのである。
それだけ重労働と危険だったって事ですね。
夏休みに2か月間位、同じ下宿の友人と2人で頑張った事を思い出しました。
京都の中京区に建設中だったビルディングが仕事場でありました。
三輪車を使ったりして、砂利などの資材を運ぶ作業が主体であったようです。
まあ、言って見れば、鳶職のオジサン達のお手伝いであります。
京都なので、条例でそれほどの高層ビルは建てられないのですが、
それでも建設中の鉄筋むき出しのビルの最上階に上って、真下を見れば、
高所恐怖症(閉所恐怖症でもあるのだが・・)の童子は、びびってしまう高さである。(((( ;゚д゚)))
工事現場のビルの壁つたいには、今は鉄パイプで組んであるが、
昔は、間伐材を鉄線で緊結した丸太足場が用いられていた。
その現場の足場は、確か一部鉄パイプと丸太木材のハイブリッドだったような記憶がある。
そういえば、ちょっと前までは(今でもか?)、中国でも香港でも東南アジアの国々は、
かなりの高層ビルでも、足場は竹で延々と雲の上まで(?)組んであったものです。
いやーすごいなあ(怖いなあ!)と、見ては怯えていたもんですね。
丸太の横棒に平板を載せている足場には怖くて出れませんでした。
鳶職のおじさんたちが、サーカスの人みたいにすいすいと
移動する様を、こわごわと建築中のビルの中から見ていました。
まだエレベーターのない状態なので、1階から上の階まで、
リフトや階段で資材を運んでいた記憶があります。
時間給は良いが、やはりそれだけあって、かなりきつい仕事でありました。
真夏の照り返しの強い現場で、大量の汗をかき疲れ切っては、毎夕下宿に辿りつき、
なけなしのバイト料で買った当時10万円もしたSONYのオーディオセットで、
CCR(Creedence Clearwater Revivalって知ってる人まだいるのかな?)
を聞きながら、友人とウオッカライムを傾けながら疲れを癒していた場面が蘇がえった。φ(.. )
ある日の事。昼休みに、最上階の工事現場で弁当を取っていたら、
近くにいた鳶職のおっちゃんが、缶ビールを童子たちに差し出してくれたのだ。
「暑いから飲んでねえとやってられねえよ。」と、そのおっちゃんは呟いていた。
多分(いや間違いなく)昔とはいえ、工事現場の昼休みであっても、飲酒は禁止だった筈だ。
しかし、おっちゃんは年期が入ってたので大目に見られてたんだろう。
誰も注意をする者は居なかった。
座り込んで、缶ビールを1本頂いて、さあ仕事に掛かろうと立ちあがろうとした。
ふとビルの外を見ていたら、そのおっちゃんがビルの外側に張られた足場の板の上に
出て行ったのであるが、何故か急に身長が縮んでゆくように見えたのである。
スローモーションのように、どんどん縮んで最期には頭も消えてしまったのだ。Σ(=゚ω゚=;)
いや違うのだ。ふわっという感じで落下したので、そういう感じで見えたのであった。
多分、足場の板の端が丸太より飛び出していて、そこを踏んでしまったのだ。
童子たちは血の気が引くような感覚をもったのだが、
あわててビルの窓際に駆け寄った。(; ̄Д ̄)
この高さでは、やはり即死ではないだろうか。
びびりながらも、窓際から悲惨な状態を予測しながら下を覗きこんだ。
地上に叩きつけられて大の字になっている蛙のような姿を想像したのだが、
おおっ!ノ( ̄0 ̄;)\オー!!
な、なんと、ビルの数階下の高さの所に組んだ丸太に引っ掛っかってるではないか。
股が、丸太に挟まって止まった感じで引っかかったのか、
男性の急所をいやというほど打って悶絶しかかっていたが、
それでも命を落とす事に至らなかったのは幸いであった。
次の日からは、昼休みでも、工事現場でおっちゃん逹の飲酒は
ぷっつりと見受けられなくなったのは言うまでもありません。
アル中では鳶職は務まりませんものね。(´・ω・`)
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2016年04月12日
結構公私とも忙しくて、花見などと浮かれている余裕もなく、
あっという間に、巷の桜の花々も散ってしまいました。(T_T)
童子は例年、昨年、一昨年の春時分の記事に書いたように、
春先になると精神状態がよろしくなかったのか、
飲酒中はきまって連続飲酒発作の起きていたシーズン。
記事『15年前の春先の憂鬱シリーズ』にあるのも、3月、4月。
大分前の記事『底を尽く』に書いたのも、3月、-4月の出来事。
また、断酒してからも、
『木の芽時の危うさ』でも記しているように、
3月4月は、軽い鬱陶しさが生じていましたが、
果たして今年は如何や。と言いますれば。。。
さにあらず。すこぶる体も心も調子が良いのである。
年末から、それまで行った事もなかったスポーツジムに通い始めたのだが、
典型的な三日坊主の飽き症だった怠慢な童子が、未だに続いているのだ。
毎週、3日はジムに顔を出している。
行けば、ストレッチ・筋トレ・ラン・サウナで、
3時間近くを費やしているのだ。
ジム開始時は、時速6.4㎞のランニングが、
今では9㎞/hで1時間は余裕となっています。( -д-)ノ
汗水流して、シャワーを浴び自転車に跨り帰路に向かう時、
驚くほどの充実感というか爽快感が湧いてくるのだ。
ファイト一発。のあのCMみたいなもんである。
22時前に家に辿りついて、軽食の後、すぐに眠りに就く。
心地良い疲れが、穏やかな深い睡眠も与えてくれます。
これほど、ジムが爽やかさを与えてくれるとは、
飲酒に明け暮れていた時分には、夢にも思わなかったのである。
思いのほか、体が軽くなりました。
体重自体が、年末から5kgは落ちました。
しかも、筋肉は徐々についております。
逆三角形には程遠いものの、逞しくなったようです。(。・ω・)ノ゙
パンパンだったスーツもゆったり気味になってます。
着れなかった服も着れるようになりました。
顔もシャープになり、一昔前の凛々しい(?)面持ちを
取り戻してきたような。(嘘?)(・∀・)つ
先日、仕事の関係で出席した立食パーティで、
久しぶりに出会った取引先の方からも、
「えらくスマートになりましたね。」と言われました。
続けて、童子が、酒ではなくてオレンジジュースを手にしているのが、
往時の酒臭かった頃のイメージから外れていたのか、
「(体は)大丈夫ですか?」という訝しげな言葉。
「いや、医者から体重を落とすように言われてるので。」
と交わします。
という事で、飲酒当時の童子からは、見違えるような
健全さが醸し出されてきた(?)ように自負しております。
ジムには、結構老人逹も来ておりますが、
驚くほど達者な人が多いのであります。
それを見ていると、うーーん。
歳を重ねて行っても、ジムは続ける事が、
若さを持続する秘訣ではなかろうかと思うのであります。
酒を止めて、体を動かし額に汗しましょう。
やっぱり、「健全な精神は健全な体に宿る」のだ。
とつくづく思う今日この頃の童子でありました。(^∀^)
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2016年04月03日
昨日、ニュースを見ていたら、横浜の公園で、
大手企業○○が、3日間も広大な敷地を8割方も、ビニールシートで占有し、
地域の住民の抗議で撤収した。
という記事が目につきました。
実は、この企業は、競合の□□エンジニアリングと共に、
童子の学生時代に、志望企業候補の一つでもあったのです。
□□には会社訪問までしたものの、学部の枠の関係で、
結局どちらへも入社に到りませんでしたが、
古き学生時代の就職活動シーンを思い出したのです。
で、その記事を辿って見ると、写真も拡散されてました。
無人の青いシートの上には、
『お花見会場/OHAMAMI SITE
○○株式会社/○○CORPORATION』
と、わざわざPCでラベル発行して貼られており、
更には、
『使用時間/時間帯
3月28日 18:00-21:00
3月29日 15:00-21:00
3月30日 14:00-21:00
3月31日 18:00-21:00
4月 1日 11:00-21:00
上記時間以外は自由にお使いください。』
というラベルも併せて添付されているのだ。
周辺の住民からクレームや、Twitterなどでの拡散/炎上で、
当事者は慌てて撤収したらしいが、
報道メディアの取材に、○○会社の広報部門は、
「部門それぞれがやってるので、会社としてはコメントできない。』
との回答らしかった。
部門の花見が、延々5日間も続く良い会社なのだろうかと、
童子は、数十年ぶりに、再び入社の興味をそそられたのであるが、
いやいや、今は断酒の身。そういう会社に入る訳にはまいりませぬ。(´・ω・`)
2CHあたりには、
『公園を一企業が占有できるものなの?』
『ふざけんな!
公園はみんなが利用するところなのに!
公園管理者はさっさと捨てちまえ 』
『こういうのみていつも思うのが
社員の誰一人としてこれはさすがにマズいだろって言わないのかなってこと 』
『公共の施設を会社名出して不法占拠するとか 一体全体どういう神経してんだ 』
『迷惑だろうなぁと社員の誰1人思わなかったのだろうか?
これが大企業病か』
『シートにペンキをぶちまけたい 』
『企業名かいとけばビビって一般国民は手出しできないだろwww
って思ったんだろうな担当者様は。』
『時間指定以外は自由に使っていいおw
俺達って優しいだろ?という思い上がった考えしかない
開放時間を設ければ文句も出ないだろうというお粗末さ 』
などなど、批判が後を絶たない。
この件の誤った行動についての
企業コンプライアンスコンサルタントとしての
酒呑童子チーフの指摘は、こうである。
1.場所取りが居なく、印刷物で代行した事。
2.占有面積が常軌を逸していた事。
3.公共の場所を5日間も占有しようとした愚かさ。
4.でかでかと、会社名を偉そうに和文/英文で表示した事。
5.会社の広報部門のレスポンスが的確さに欠けた。
特に、1の無人で占拠するのは、いただけません。
童子も、学校を卒業したての若かりし時分。
東京都内で一時期、仕事をしていた頃。(・◇・)
花見の日には、午前中で仕事を解放されて、
昼からは、若手2-3名で上野公園へ行かされて、
場所の確保。酒肴の調達。をやったものです。
しかし、場所は、見張ってないと無くなったりするので、
シートの上に座り、皆が集まる夕刻まで、待ってなければなりませんでした。
当然、暇なのである。スマホもない時代。
フライングして酒を酌み交わすしかありません。(・∀・)
そして、全員が集まった時には、既にベロンベロンに出来上がった状態。(≡ω≡.)
それでも、花見の後は、歌舞伎町などに繰り出しては、
前後不覚。始発で帰る事が何度もありました。
そんな、古き良き昭和の時代でした。
でも、最近は花見をやる会社も少なくなってきたのではなかろうか?
今勤めている仕事場も、花見も無ければ、忘年会・新年会の類もない。
流石に送別会や新人歓迎会はあるが、二次会もなく、あっさりとしたものだ。
昔なら、物足りなかっただろうが、断酒した今となっては、
酒の行事の少ない、飲み会などほとんどない会社は都合が良いのである。
くだくだと、退社後に会社や上司の悪口で、安酒を傾けていた
サラリーマン社会も、金銭難なのか、それとも、
個人個人の趣向が変わって来たか、だんだんと少なくなっているようだ。
それは、それで、ある意味健全な社会なのかも知れないが、
断酒した身とはいえ、一抹の寂しさも覚えるのである。φ(.. )
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