2015年07月

2015年07月27日

前回までは、竹内力ばりの渡世人さんのお話でしたが、
その当時、童子が気になって気になって止まなかった
竹内力とは正反対のような御人がいらっしゃったのを思い出しました。

今回は前回とは打って変って、その奇怪千万なる御人のお話です。

丁度、竹内力さん飯島愛さん絡みのトラブルがあった頃、
童子は大阪のとある会社に京都から通勤しておりました。

大阪は本町の近く。お昼になると、同僚達と連れだっては、
ビジネス街の定食屋さんや様々なレストラン街にと食事に行き、
結構値段の張るランチでワイワイと盛り上がっておりました。

ただし、前日深酒が続いて食欲が湧かない時は、
特に手の震えが始まったりしそうで危なそうな時には、
同僚にアルコール由来の振戦を感知されないよう、
適当な都合を作っては、一人で食事を取っておりました。

一人で良く通ったのが、心斎橋筋の商店街に近い松屋。
当時、牛丼が380円とか豚丼が280円位
だったような気がするが価格の記憶は定かではない。

童子は、どちらかというと牛丼よりも豚丼を好んでたようでした。
つゆだくにすれば、深酒で荒れた胃にも流し込む事ができたのです。

それに手が震えるので、児童のように割り箸を固く握りしめて、
丼を食台に置いたまま抱えて、口に掻き込むには最適であった。
なんとも、犬飯のような、情けない有様であったかもしれない。

そんな松屋を、深酒の折に、何度か訪れていた時に、
コの字型になったカウンターの童子の対面に、ある男の客が腰を下した。

男は席に着くや店員さんに、「白めしをお願いします。」と言って50円玉を渡した。
客は皆、席に着く前に自動券売機で食券を買うシステムになっているのであるが、
その男は、食券でなく50円玉硬貨を手渡した。
(おそらく、白ご飯だけのチケットはなかったのだろう。)
童子は、妙な客だなあと思い、それとなく観察していました。

ブラシで梳いた気配もない肩まで無精で伸びたような長い髪の毛。
中央で分けた頭髪の隅間から、やせ細った青白い風貌が窺える。
高校生が着るような白いシンプルなシャツは、洗濯はしていそうだが、
よれよれの襟際が擦れて、糸もほつれてるようだ。

なにか、ゲゲゲの鬼太郎に登場していた”ねずみ男”と
イエスキリストを足して二で割ったような。
いや三か四で割ったような。そんな感じの神か妖怪か釈然とせぬ面持ち。

店員は、男が常連客で慣れているのか、何の躊躇いもなく、
「あいよ!」と威勢良く、真白なごはんだけの丼をカウンターに通す。
その後で、そっと一杯の椀を男に差し出した。

あの過重労働で問題を起こしたすき家と違い、
松屋の店員さん逹は温情に厚かったのか、
白ごはん一杯しか頼まない客にも味噌汁の椀を付けてあげていたのです。

男は、白米の乗った器と味噌汁を前に、箸を取り出します。
その箸で、がっつくかと思いきや、
箸を横一文字に両手の指にはさむと、
手を合わせて合掌の型を造り、首を垂れて黙祷に入ったのである。

「いただきます。」と声を出すでもなく、黙祷は、1分近くも続いたのである。
両脇や近くの客は、いつもの事で慣れているのか、気にも留めない様子だが、
初めて出会った童子はびっくりこいてしまったのだ。

おそらくは、声にこそ出さないが、男の心中では、
「この世に生命(いのち)を授けていただいた、父よ、母よ、そして主よ。
 また、白米と味噌を育みたもうた農業従事者の方々よ。
 今日も、こうして食にありつけた幸せに感謝いたします。」
と唱えていたように、童子には聞こえた。(ホントかなあφ(.. ))

今時、こういう御方がいらっしゃるのだろうか。
黙祷から 覚醒し、目をしっかりとお開きになった御方は、
サービス品の紅ショウガをたっぷりと丼の上に敷き詰めて、
味噌汁一杯で食事を黙々と続けられるのであった。

貧乏とか節約と云うレベルを超越して、清貧という言葉が頭を過った。

当時は肉食派で(今でも)、日々、肉や魚と酒をかっ喰らい、
酒池肉林の境地にあった童子(それはないか(笑))には、
目の鱗が落ちるようなインパクトな出来事であったのだ。w(゚o゚)w

食べ掛けた、豚丼を食べる手も止めて、男を凝視していた。

御方は、感謝の気持ちが体に出ているような食べ方で
一食を終ると、もう一度軽く合掌を決めて席を立つや、
松屋の従業員一同に深々と御礼のお辞儀をして、
すっと、店の外へ消えて行った。

その後も、ビジネス街のサラリーマンが集う同じ時間帯に松屋に行けば、
大抵はその御片の毎回同じ食事風景を拝めたのである。
毎回毎回、牛丼や豚丼やましてや牛丼セットなどというメニューには
見向きもせずに、ひたすら、白米一杯の丼と味噌汁と紅ショウガだけ。
一回たりと他の品目を目にした事はなかったのです。

ある日、深酒が入りすぎて牛丼を残した童子と、彼の御方は、
店を出るタイミングが同じで、出口で鉢合わせとなったのである。

ふと、好奇心旺盛な童子は、
一体全体、この御方は、どういう職種の御人なのであろう。
普通の会社のサラリーマンじゃあないよな。公務員でもないような。
なにか得体の知れない団体とか。それとも神社仏閣の関係とか。
うーん。と興味が鎌首を擡げ、やっ!確かめて見ようという冒険心が。

悟られぬよう、10mばかり後を、少年探偵団の如く、こっそりと尾行を開始した。
決して、童子には、ストーカーの趣味はありません。
単なる高貴(?)な好奇心。

ところが、御方は白米しか食していないのに、やたらと俊足なのである。
路地を曲りくねり、狭い通りに入って行くうちに、
童子の鈍足は遂に相手を見失った。
おかしいな。と思うほどの素早さと消え方であった。(゚д゚)、

そして、不思議な事に、その事件が有ってからというもの、
松屋に行っても、二度と、その御方に出会う事はありませんでした。
ひょっとして、やはり、どこぞの妖怪であったのか、
それとも、吉野家のサービスに鞍替えされたのか。
今となっては、御方の正体と、消失の真実は謎に包まれたままです。(´・ω・`)


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2015年07月17日

(前回からの続きです)

「おんどらりゃあ!それで済むと思うてんのか?」

「いや。その。あの・・・・」万事休すか。

それで済まないとは。。。
やっぱり、童子のいたいけな小指の二三本(三本もないけど)でも献上せねば
収まりが着かぬのかと、小心者の童子は、ちびりそうになっていた。(;´Д`)

その時です。
バタンと入口のドアが開いて、店のママが飛び出して来ました。
ママは、そう若くはなかったけれど、すこし飯島愛に似た感じの韓国女性。
(水商売には、あの手のタイプ、結構いるのですね。
 ただ、飯島愛さんは、今は亡き御方。お悔やみ申し上げます。)

「酒呑童子さん(ホントは本名)は、大事なお客だから、手を出したらアカンよ。」
と叫びながら、飯島愛さんは、ヤクザ(竹内力)の袖を引張って、路上の片隅で何やら耳打ちした。

「にいさん。気~つけんとあかんで。」
と言い残して、竹内力は肩で風を切るように、店の内に戻って行ったのだ。

飯島愛さんは、呆れた面持ちで、
「あんた。きいつけや。この辺は、ああいうの多いんやから。」

童子が胸を撫で下ろしてテーブルに戻ると、頼んでもいないビールが運ばれてきた。
「たのんでないんだけど・・・」
格子の横から、難波金融伝の萬田銀次郎っぽく、竹内力が振り返り、
「にいちゃん。プレゼントや。がんばってや。」

一体全体どうなったのであろうか。
う~~ん。
(ちなみに、本物の竹内力は、俳優の前は、元三和銀行淡路支店の行員だったらしい。)


実は、童子は、店に入った時、客が居ないので手持無沙汰のママの飯島愛さんと、
世間話をしていた際に、愛さんに、エルメスのキーケースを一つ差し上げたのだった。
市販価格8万円くらい。仕入値は、25人民元(当時のレートで¥380)。
もちろん本物であろう筈がない。鴈物である。

もう現在は場所は移転してしまっているが、
昔、上海の3大繁華街の一つ、淮海(ワイハイ)路の一角に、
襄陽(シャンヤン)路市場という800店を超す偽物屋が集合した広大なエリアがあった。

童子は、上海に行く度に、その襄陽路市場でショッピングを楽しんでいたのだ。

何も知らない日本人・欧米人は、言い値のままか、多少の値引きで
嬉しくなって喜んで金を払い帰ってゆくが、童子は、ちと年期が入っていた。
何度も値切るうちに、だいたいの原価が掌握できていたのだ。

大抵のブランドは、小物雑貨で25元、財布は35元、時計は25元といった所が、
ほぼ、原価+最低水準の利益だとわかった。

であるので、言い値など聞かずに、最初から、店の電卓を掴み、25元と打ち込む。
相手は、童子が、”その道のプロ”と思ったのか、
しょうがないなあ、と言ったあきれ顔で、「ほらよ。」って、品物を放り投げてよこす。

ルイビトン、グッチ、コーチ、シャネル、ブルガリ、フェラガモ、
ローレックス、オメガ、カルチェ、なんでもありである。

童子は、一時は鴈物に凝って、靴はバリー、スラックス・ジャケットはバーバリー、
ネクタイはハンティングワールド、レイバンのサングラス、腕時計はオメガ、
靴下はラコステ、ブリーフはプラダ(?)(ある筈ない。ホントは平和堂のセール品)と、
頭から足の先まで、偽物で身を固めていた。

生身の本体も、アル症状態が進化してゆき、本物の童子でない
偽物に変貌していたのかもしれないなあ。。。(´・ω・`)

ある時、帰国時に配る御土産の数量分を仕入れた後で、
待ち合わせていた中国人の友人に見せびらかした所、
「ところで、お釣りを見せてみろ。」と言われた。

150元(時計1個、キーケース5個)の買物で、200元払ったので、
丁度50元札がポケットに残っていた。
その札を取り出して、友人に渡すと、指で撫でながら透かし見て、

「やられたね。」

「えっ?」

「偽札だよ。記念に取っておいたら。」w(゚o゚)w オオー!

流石、上海一の偽物市場である。お釣りまで偽物とは恐れ入った。(; ̄Д ̄)


ところで、今回は偽物研究家となった童子の贋物屋白書を披露しよう。

店頭にあるものは、大概は素人でも、ちょっと怪しいのではと思うレベルの品。
ただ、ド素人さんにはわからないかも。
しかし、ルイビトンなどは、作りがしっかりしてないからすぐわかる。
これをC品という。

本当のルイビトンはあるかい。と言えば、
大抵の店では、店の奥の小さいバックヤードから、こっそりと出してくる。
値段は、C品より大分嵩む。
出来映えはグレードアップしてるが、そのブランド通の人にはわかる。
これが、B品である。

ホントの本物はないのか。と尋ねれば、怪しげなオジサンが現れ、
店から出て通りを隔てた路地裏にある薄汚いビルに案内される。
怖々と狭い階段をあがり、秘密の部屋みたいな所に通される。

中は、アウトレット風に陳列されたブランド物がびっしり。
値段は、更にアップするが、それでも本物の数分の1程度。
これは、わからない。その辺の百貨店の店員くらいでは真贋鑑定できない。

一説によれば、ブランド品工場を退職した職人を引き抜いて技術を盗むのだとか。
だから、日本の百貨店などに並んでいるセレクトショップあたりでは、
こういうものが紛れこんでいた事もある。今でもかも。
これが、A品。


話は外れたが、そういう蘊蓄(うんちく)を披露しながら、
童子は、そのC品のエルメスを、飯島愛さんに1個プレゼントしたのだ。

愛さんは、じっとエルメスを見つめていたが、
目を輝かして、C品は要らないから、A品を仕入れてくれないかと言う。
店の客筋で捌くから、利益はフィフティ・フィフティで行こうと仰った。

とりあえず、ビトンのなんたらとかを10個くらい、
次回中国に行った際に持って帰ってくれないか、との事。

日本での価格がウン万円として、半値で売るとして、
利益は・・・と計算していたが、酔っぱらった頭でも、
いや、それは、やはりヤバいよ。お縄にはなりたくない。飲めなくなる。

「うん。考えとく。」と適当な返事を返しておいた。


その件が、あったので、飯島愛さんにとって、童子は金づるになるかもしれない、
”大切なお客さん”と映ったのであろう。
どちらにせよ、危機一髪の局面からは、鴈物のエルメスで救われたのだ。

それ以降、そのコレアンバーのあった東九条界隈に、童子が姿を見せる事はありませんでした。

諸兄諸姉の皆様。旨い話に乗せられてヤバい橋は渡らぬよう御注意を。(。・ω・)ノ゙


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2015年07月10日

先般のシリーズ『春先の憂鬱・その』の続きとなりますが、
酒呑童子の伝記を著するつもりではないので、時代に沿って記述するのは止めにして、
シリアルな時系列ではなく、その時々に思いだした出来事を、
エポックメイキング(使い方が違うような。。。)的に記して行こうと思います。

さて、前回の記事から数年後、いよいよアル症が悪化して、
家族も、たまりかねて別居を提案してきたあたりからの話です。

週末になると、金曜日の夜から連続飲酒に陥り、
自分の部屋に籠りきって、夢うつつ、誰も居ない空間を見上げては、
笑いかけたり、罵声を浴びせたりしている状態に、
家族も耐えられなくなったようでした。(T_T)

そして、ある事柄が致命的な引き金となってしまい、
童子が上海に長期出張している間に、電話での売り言葉に買い言葉によって、
本人不在のままに、童子の全ての持ち物が別居に搬送されてしまったのでした。

近くの上新電機からも、独り身に適したような仕様の
電化製品一式も丁寧に送り込まれておりました。
テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、ガスコンロなどなど。

京都駅の南方近くに別居を構えさせられた童子は、
独り身になれば、淋しさ半分、嬉しさ半分、
反省するどころか、いよいよ思う存分、誰の気兼ねなしに
飲める環境を与えられたと、喜び勇んで毎晩飲み歩いておりました。(☆゚∀゚)

住居近くの京都駅周辺か、足を延ばして三条木屋町界隈にも出没してました。
京都駅の周辺は、表玄関方面でなく、九条界隈が多かったのですが、
左京区や北区に比べると、柄の悪い客層が多かったように思います。

毎夜、毎夜、夜の棲家を探して、
そこらじゅうの飲み屋を徘徊しておりました。

その中のひとつ。
東九条近辺にあったコレアンバー。
その店へは、確か二度目の訪問だったような気がします。

童子は、休日で昼間から既に出来上がった状態でしたが、
少し空腹も催して、何となくそのコリアンバーに足が向きました。

まだ時間が早く、客は童子一人。
本場風の冷麺(ハングルでは、レンミョンという)とキムチをたいらげ、
ジンロも程好く回って来た頃合いで、
店のオモニに、さあ一曲とマイクを差し出されます。

昨夜の三条木屋町での出来事を思い出して、
にんまりと一人悦に行ってマイクを握りしめます。
そんなら、十八番中の十八番と行くかあ。(。・ω・)ノ゙


というのは、前夜の金曜日、木屋町まで繰り出して、結構大きなバーで飲んでいて
とある一曲を唄い終わると、会社員風の若い男が、ビール瓶とメモ帳を片手に、
童子のテーブルに擦り寄って来て、膝まづく格好で脇にしゃがみこむと、
「すみませんが、今の曲名を教えて下さい。いやあ、感動しました。私も練習します。」
と目を潤ませるのであった。

あの、かつて渋い人気のあったハマコー(暴れん坊)ではなくて
ハマショーの名曲。『もうひとつの土曜日』(章末にリンクあり)
童子は非常に良い気分で帰路に着いたのでありました。


で、早速、イントロから気分良く入っていって、
前半の32小節程を見事に(自分では)歌い終わった時、
突然入口のドアが開いて、がやがやと数人の客が。

童子は、カラオケのビデオ画面に釘づけで、
客には目もくれずに、曲の後半に入ります。

「君を想う時、喜びと悲しみ~♪」

後から来た客は、格子の仕切りで隔てられた畳間座敷に座り込み、
すでに多少は飲ってるようで、
「ウワッハッハ。ゲタゲタ。ゲタゲタ。」
女性も混ざってるようで
「きゃぁあ~」とか、ふざけ合ったような叫び声も。

最初は、我慢をしておりましたが、あまりの騒々しさ。
木屋町では、客が聞き惚れてくれた情景を思い返せば、
なんという品のない店と無礼千万な客層であることか。(`ε´)

先客が歌ってるのも、全く無視したかのような傍若無人ぶり。
童子は、次第次第に限界に達して行きました。(`・д・´)
得意の最後のサビの部分に差し掛かったとき、

「きゃ~。やめてんかあ。」と、また女の馬鹿な嬌声。

流石の童子も遂に切れてしまったのだ。
マイクをテーブルに大きく放り投げて、

「じゃっかましいやい!」(゚皿゚メ)

自分でもびっくりするほどの大声。
最後の盛り上がりの曲のフレーズのかわりに、
怒声を発してしまったのです。

一瞬、店内は水を打ったような静けさに覆われました。
その沈黙が、なにか不気味さをも醸し出します。

(ちょっとやりすぎたかな。)

数秒の沈黙が過ぎ去って、マイクを再び拾い上げようとすると、
その格子に脊を向けて、隠れて見えなかった男が、すっと立ち上がった。
後ろ向きのまま、土間に下りようとするではないか。
足元を見れば、店のサンダルじゃない。雪駄が揃えてあった。

それをつっかけて、ゆっくりとこちらに振り向いた。
真白いズボンに、ど派手なピック色のジャケットを、
腕を通さず肩に引っ掛けている気流し風情。
そう、フウテンの寅さんの着衣スタイル。

パンチパーマ。三十代後半。難波金融の竹内力の印象が少々あった。
胸元の金色の派手なネックレスが鈍く光る。
素人とは違う目の睨みは、まさしくその筋のものだ。

や、やばい。Σ(=゚ω゚=;)

ゆっくりと童子の席に向かって来た。
童子のテーブルの前に止まり、
舐めるように童子の風体を検分すると、

「兄さん。ずいぶんと機嫌が悪いようじゃのう。」

「い、いや、とくに。」

「ちょっと、表へ出てくれへんか。」

(まずい事になったなあ)

仕方なくドアを開けて、店の外の路上へ出る。

「やめときやぁ~」

背後から、嬌声を上げていた女性が笑いながら声を上げる。
本当に止めろという真剣味はさらさらない。

やめとけとは、何を止めるのだろうか。
童子の頭の中は、数分後の未来を想像して混乱していた。
五臓六腑ボコボコに血祭りされるという事なのかな。

童子を追って外へ出てきた男は、
いきなり童子の胸倉を掴んだ。

「あまり、見慣れんやっちゃのう。どこのもんじゃ。」

「いや、最近引っ越して来て、どこのものでも。。。」

こういうシチュエーションでは、小心者の童子には、
反撃の技術は悲しいほど備わってはいないのである。

小学生時代は、ドッジボール。縄跳び。ビー玉。コマ回し。
少しだけ少年野球(ゴロもフライも苦手なのでキャッチャーの補欠)。
中学校では卓球部中途退部。高校では科学クラブ。大学では麻雀一筋。
この経歴では、とてもじゃないが修羅場に適応できる技能には結びつかない。(´・ω・`)

さりとて、50m走8秒台後半の俊足(?)では、
しかも酒が入って、ふらついてる身体では、
思い切りダッシュしてトンズラするという芸も生まれては来ない。

「すんません。ちょっと気が立ってたもんで。」

「おんどらりゃあ!それですむと思うてんのか?」

「いや。あの。その。(それで済まないとは一体・・・・)」


(次回に続く)


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※youtubeからの借用『もうひとつの土曜日



2015年07月03日

前回の記事にan様から頂いたコメントを、ちゃっかりと『お題』にさせて頂きました。

『お題』などというと、なにか、日テレの『笑点』を思い出しますね。
円楽師匠はもう逝ちゃったし、歌丸師匠は如何されてるのでしょうか。
最近見てないけれど、番組は休止状態になるのではないのでしょうね。

そうなればヤマダクンなんかも座布団がなくて生活苦に陥ってしまうのではなかろうか。。。
でも、生活苦だからといって新幹線で油をかぶる行為だけは止めてよね。(゚Д゚)
などと、よけいな心配をする童子なのです。

話はどんどんと本論から離れてゆくようですが、
童子だけなのかどうなのか、最近は、お笑い番組なんかも見なくなりました。
というより、くだらない番組が多くなって、TV自体を見る気がなくなったのですね。
この長寿番組は、まだまだ視聴率を稼いでいるのかしらん。

見なくなったといえば、最近の通勤電車での風景。
新聞を読むサラリーマンの姿がめっきり減っているのに最近気づきました。
未だに大そうに新聞広げているのは、何故か、でぶったヤクザまがいの風体ばかり。(*`Д')
(完全な偏見です。この2,3日の。)

みんな、スマホやタブレットの日経電子版に鞍替えしたのでしょうか。
それとも、皆、馬鹿馬鹿しくなって日本のニュースにも興味を喪失したのか。
そうであれば、由々しきことですぞ。がんばれ!報道関係者諸君。
ファシスト化しつつある政権に負けるなよ。ジャーナリストとしての襟を正せ!o(`д´ 。)


さらに、一時期と違って、でっかいiPadなんかも、あまり見かけなくなりましたね。
やっぱり、でかい図体のタブレットは、なんとなく昨今ではダサいですよね。

人一倍(?)スタイルを重んじる童子は、以前から、そう感じてましたので、
片手で持てて操作できる7インチのアンドロイドを愛用してます。

i-Phone6プラスよりは、一回り大きいサイズですが、
それなりに画面の広さは圧倒的な優位性を感じます。
この大きさで厚みは極く薄いので、スーツの胸ポケットに楽に入ります。

しかも、DTIのSIMフリー(使い放題月500円、ただし動画はWiFiで)
本体は中華タブで驚くほどの価格。でも1年以上故障もせず、びっくりものです。


あっ!このブログ。断酒ブログでしたね。w(゚o゚)w


禁煙と断酒と。どちらが偉いか。
ではなくて、どちらが難しいか、でしたね。('д` ;)

ちなみに童子は、サムタイムが廃番になった時に、禁煙を思い立ったのですが、
専売公社(古いか)の汚い罠にひっかかってしまい、
メビウス1mgプレミアム・メンソール・オプションという新手の誘惑の虜になって、
未だに禁煙できておりません。φ(.. )

断酒は、出来ました。2年と4カ月ほど。しかし、禁煙は。。。
だから、断酒の方が楽なのです、などとは、まかり間違っても言えません。

実は、タバコも3年間止めたこともあるのです。

十数年以上も前の事、たしか大阪梅田東通商店街のスナックで同僚と飲んでいて、
十八番の「そっとおやすみ」を奏で始めた時、急に動悸が激しくなり、
胸部が苦しくて苦しくて、これはもうアカンと思い、席を立ちました。
ママからは、「あんたが、そっとおやすみや。」とチクられるはめになったのです。(´・ω・`)

血圧が異常に上昇していたので、タバコが原因だと判断したのですが、
今思えば甚だ怪しい。本当の原因は酒であったのかもしれません。

でも童子にとっては酒は正妻。タバコは2号さんだったのですね。
正妻を立てるしかなかった。言ってる事がおかしい(?)
あの某国営放送局の籾なにがしと同等の痴呆症まがいになってしまったかな。


で、童子は、今回はデータサイエンチストに変身して調査に入ります。
日本ブログ村の断酒ブログ人口と禁酒ブログ人口を解析すれば、
断酒禁酒カテゴリ(339人): 禁煙卒煙カテゴリ(518人)となって、
軍配は、禁煙ブロガーに。断酒さんチームは、圧倒的に負けてしまいました。

だから、禁煙の方が難しい、といえるのでしょうか。

以前のブログ『国内初の断酒補助剤』の中でも記しましたが、    
タバコで、小原庄助さんのように、身上をつぶした人はいるだろうか。
たしかに蛍族として肩身の狭い思いをしてるお父さんは多いでしょうが、
タバコの吸い過ぎで家族離散したという噂を耳にした事はありません。

禁煙専門外来はあるようだが、ニコチン依存症で入院治療となったとか、
タバコで酩酊して、他人と諍いを起こしたりとか、傷害行為に及んだとか、
そのような記事も、あまり見かけた事はないのだ。

片や、飲酒による事件や事故は古今東西を問わず後を絶たない。
厚生労働省も社会的危険度は圧倒的に酒害の方が多いのは認めてるのでしょうが、
酒のタスポは未だ出す気配はない。この方が問題であろう。(゚皿゚メ)

記事『適正飲酒の十か条?って』で糾弾したように、色々な利権が関係してるのでしょう。
アメリカから銃がなくならないのと同じ理屈。
タバコは、もともと専売公社独占だからやりやすかった。そういう事なのかな。

真剣に、この国の将来を憂いているのは、童子と極少数のマイノリティだけなのか。
なのに、世論の大半が反対している国民の大意を全く顧みずに、
傲慢に法を変えようと企てているアホノミクスの利権政党。

最近安倍何がしかの額に、なにやらハーケンクロイツのような
逆卍型のシミが時折垣間見えるのは童子だけであろうか。
童子は怒ってるんだよ。国会議事堂の議場まで踏みこんで、
ガソリンでも被ったろうか!(`□´)(じょ、冗談ですよ。サイバー警察さん。)

とにかく、理論的でない理屈というか、屁理屈というか、論拠が乏しいけれど、
社会害悪としては、圧倒的に酒が危険であるのは確かであろう。

でも、だから、断酒の方が難しいという理屈にもならないような。

敢えて言うならば、
禁煙の方が難しいと言ってる人は、アルコール依存症でない健常者であるか、
もしくは、依存症である事を未だに認めていないアルコール依存症者である

というのが、酒呑童子博士の『アル中>ニコ中難易論』なのだが。。。(・◇・)ゞ


ただ、貴男貴女の死に目には、
肝硬変末期のボロボロになった肝臓癌か、はたまたニコチンにべっとり塗れた肺癌か、
さて、どちらがお好みでしょうか、
という事で、この議論の大岡裁きならぬ、酒呑童子裁きといたそう。(・∀・)
裁きに不服な諸兄諸姉の皆様は、コメントで上告されたし。
(支離滅裂なストーリーながら、今日も素面であります。)

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