2015年05月

2015年05月26日

そんなこんなで、ストーリーの時間軸が前後逆転しながらの回顧録に
なってしまってますが、とりあえず、転職した会社での勤務を開始し始めます。

前々回の回顧録『 春先の憂鬱-その後(1) 』で書いたように、
前日の日曜日まで飲んでいたため、
かなりの二日酔いでの初出勤となりました。

酒臭い息に気づいた人も何人かいたかと思いますが、
とりあえず初日は挨拶回りで、難なく乗り切ります。

配属先は、30代後半の結婚は諦めたようなムードの独身女性が一人だけ。
以前の会社とは異なり部下もおりません。
数人のチームで企画めいた事業を行うための準備段階であったのです。
社長の酔狂とも思える企画のチーム作りの2番目の新人りが童子だったのです。

決まった仕事は一切ありません。
社長が時折り情報ネタのヒントを喋りに来たら、
インターネットや資料で調査するばかりで、いたって楽なもんです。

前職のストレスにまみれた激務とは、打って変って気楽な稼業。
「うん。あくせくせずに、こんな仕事環境もいいもんだなあ。」
と、当面はルンルン気分の出勤でありました。

ただ、長年身に付いた習性は、なかなか消えるものではありません。
帰宅までの小一時間の電車の中では、毎日氷結三昧でありましたが、
気楽な仕事と社長の気風に気概を感じ、毎日真面目に出勤するのでした。

転勤先の会社の社長は、気配りに長けた方で、
童子の、前の会社が金曜日まで、次の会社が翌週月曜日からと、
中休みもろくろくないタイトな転職状態を気の毒に感じたのでしょう。

「ちょっとは休んで、海外でも行って、羽を伸ばして来たらどうや。
 前の会社でも仕事仕事で、ろくに家庭奉公もしとらんやろ。」
「いや。おっしゃる通りで、仕事仕事で、家族には。。。」
(実態は、仕事ではなく、酒が原因での不奉公なのですが。。。φ(.. ))

その温かい言葉に甘えて、
1ヶ月の仮採用期間をなんとかクリアした土日を挟んで休日を3日間頂き、
それまで、なかなかできてなかった家族旅行でも行くかと、
お手頃な香港の旅行パックを見繕って家族3人で出かけたのです。

しかし、当然ながら飛行機の中では、ビール・ワインの連続コール。
家族から顰蹙を買いつつも、ヒートアップしてしまい、
初日に既に飲み過ぎ状態となってしまいます。(=゚ω゚=;)
(もう、この頃、家族は抗酒剤は諦め、節酒を最期の希望にと思ってたようだ。)

翌日は観光パックで香港市内を回る予定となっていましたが、
だいたい深酒の翌日は便がゆるくなるものです。

トイレ無しの観光バスの中で、案の上、早朝から催してしまい、
最初の目的地であった、香港の中央卸売市場に着くまでに、
物凄い渋滞に巻き込まれ、バスを降りるわけにもゆきません。

童子は次第次第に寡黙になり、額には冷汗がたらりたらり。
我慢の限界を数度乗り越え、眩暈すら覚えて歯を食いしばる童子。

終に何度かギブアップしそうになる心を鞭打ち、
日本男児、ここで負けたら(出したら)アカン!
と、顔面蒼白になりつつも極限まで耐えます。( ̄▽ ̄;)

予定より30分以上遅れて、ようやくバスが市場に着くや否や、
誰それかまわず、トイレットと連呼し目的地を捜します。
危機一髪、何とか極限状態を乗り越えて、そそうなく用件を成就した童子は、
後光すら放つのかと思うほどの、えも言われぬ恍惚感を味わうのでありました。
(助かった!(=゚ω゚))

この件があったため、家族は、宿泊先の黄金海岸などに着いても、
ホテルでの部屋飲みも拒絶。他のツアー客の目もあるからという事で、
ディナーなどでも、ビールのガブ飲みも制止されて我慢の子であります。

段々思うように酒が飲めないストレスが累積して、
ビクトリアピークなんかで百万ドルの夜景など観覧しても、
正直、感激よりも飲み足りなさの不満の方が燻るのでした。

観光やショッピングなどで、家族はそこそこ楽しめたのですが、
童子は節酒のストレスを抱えたまま、香港空港を後にするのでした。

考えて見れば、実家の帰省に絡めて旅行した数回を除けば、
後にも先にも、家族まとまっての旅行らしきものは、
情けないかな、このツアーくらいの記憶しか残っておりません。
土日祝祭日になる度に連続飲酒まがいでは、当然といえば当然の結果。

そして、本来家族奉公のつもりであった旅行でしたが、
節酒のストレスが高まり、日本に帰り家の敷居を踏むや爆発するのです。
翌日も休暇を取っているのを好い事に、夕食も取らずに、
免税店で買ったシーバスリーガルを、潰れるまで、ひたすら呷るのでした。

そして、忘れもしない、その翌日。
以前のブログ記事『 酔っぱらい事故(2)で書いた大失策をやらかして、
長期入院するはめに会い成るのでありました。('A`|||)


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2015年05月19日

この回顧録をしたためていて、不思議に思った事がありました。
何故、退院直後に酒を飲むことが出来たのか。
入院中の日課を思い出して、矛盾がある事に気付きました。

病院では、起床直後に、検温と抗酒剤服用が毎朝の日課となっていたのです。
それも、抗酒剤のシアナマイドは看護婦さんの見ている前で呷って見せなければなりません。

そうそう。そうでした。思い出したのです。
実は、童子は退院の数日前から、抗酒剤を服用してはいなかったのです。
病院では、表面上は、いかにも優等生だったので、看護師さんも、
抗酒剤を完全に飲み下したまでのチェックが甘くなっていました。

それに付け込み、童子は、多分常人よりは口腔の容積が大きいのを利用して、
一旦抗酒剤を口に含むと、頬と下歯茎との隙間の空間に液を蓄えます。
飲み下したように、口を開いて見せ、悠々と立ち去り、人目が無くなると、
そそくさと物陰に隠れてハンカチへ口腔に溜まった抗酒剤を吐き出したのです。

そういうテクニックを編み出して、何故か退院に備えていたのを思い出したのです。
結局、シャバに出る日が近づいて、無意識(?)に体制を整えていたのですね。Σ(゚д゚;)
だから、退院直後に飲酒する事が可能だった、そのカラクリが解けました。
実は、確信犯であったわけでした。酒飲みは、ほんに意地汚いものであります。

それでは、退院後、家に戻ってからの退社時の隠れ飲みは、どうしていたのか。
最初のうちは、
「抗酒剤なんか飲まなくても、飲酒欲求はないから大丈夫。
 薬の副作用もあるみたいだから。。。」
という童子の好い加減な言葉でも家族は信じていたのでしょうか。
しばらくは、飲まなくても家族には咎められませんでした。( -д-)ノ

しかし、隠れ酒の様子に、それとなく気づいた家族は、
童子に抗酒剤を飲むよう懇願するようになります。
せめて、土日だけは朝酒や連続飲酒にならないよう、
抗酒剤を飲んで欲しい、という家族にしぶしぶ応えて、
「なら仕方ない。」と、休日の朝には、嫌々飲まざるを得なくなりました。

土日に家族は、極力童子を外に連れ出して、
家族一緒の時間で一日が埋まってしまえば、
酒に手をつける余裕も与えないという配慮(作戦)です。

しかし、そんな事がずーと続くのは難しいことです。
家族も油断し、ある日、妻子が所要で家を二三時間空けることになるや、
一人になったその瞬間から、飲酒欲求が突然鎌首を持ち上げます。

うーん。と、少しは考えこみましたが、ちょっと位だったら大丈夫でないか。
入院中に懇意にしていた同僚は、シアナマイドを飲んで、
ビール1本で救急車で運ばれたと話していたが、
人それぞれの体質で、効能は大きく変わるらしいからなあ。

そんな理屈をつけると、早速、自転車で外出し、自販機でビール1本を買い求めます。
少し離れた人気のない路地裏で立ち止まり、辺りの様子を伺いながら、意を決します。(・◇・)
一口含んで、恐る恐る胃腑に流しこみます。

じっと3分間待ちます。何も起こらない。
なんだ大丈夫そうだ。また、一口。また、3分間。
きっと大丈夫だ。もう一口。また3分間、念のため。
全然大丈夫じゃないか。(*・ω・)ノ

よおし、と残りを一気に呷り、もう一本買いに行こうと、
自転車に跨った時、不意に動悸のような感覚が。あれっ(=゚ω゚=;)
だんだんだんだんと、その動悸は激しくなり、
終いには自転車を漕ぐのも困難になります。

太陽の光がまぶしくなり、目の前が真っ白となって、眩暈も急に生じました。
あわてて、近くの小さい公園に自転車を投げるように止め、
耐えきれず、ベンチに仰向けに倒れこみました。
公園までに行き交う人々が訝しそうに童子の顔を見て過ぎ去りました。

ドキドキドキドキ。ドキドキドキドキ。
こんな心臓の鼓動は初めてでした。死ぬんじゃあないか。(T_T)
救急車を呼んだ方がよいのかも。
頭もふらふらして、空を仰いでも眩暈が激しく、目も開けていられません。

じっと公園のベンチに横たわって耐え凌ぐしかありませんでした。
1時間ほどで、動悸は我慢できない状態は通り過ぎて、少し回復したので、
公園のトイレに入り、洗面台の鏡を見れば、なんと、顔面は真赤っ赤、(((( ;゚д゚)))
目は充血して、腫れぼったく、まさに赤鬼が映り込んでいました。

その後も、1時間くらいはベンチに埋まっていましたが、
公園の水道の蛇口から大量の水を飲むと少し生き返り、
ようやく家に帰って寝ようと、その場を立ち去ることができました。

聞きしに勝る、シアナミドの威力や恐るべし!(((( ;゚д゚)))
それ以来、流石の童子も、蛙よりは幾分学習能力があるので、
抗酒剤を服用しての飲酒は恐ろしくて、手が出せなくなったのです。


家族は、真っ赤な顔をしてフラフラとして帰った童子を見て、
どうしたのかと、びっくりしましたが、童子は、誤魔化す余裕もなく、
正直にビール一本飲んで死ぬ思いをしたことを白状しました。
家族は、抗酒剤は、そんなに効くのかと大喜びだったような気がします。

次の日から、平日も毎朝抗酒剤を飲むようにチェックが始まりました。
病院の看護婦と違って飲んだ後も口腔の中まで綿密に点検されます。
さすがの童子の拙い手品も効き目がありません。
当然、退社時の隠れ飲みは万事休すとなったように思えました。

次の朝も、抗酒剤服用です。
しかし、その晩、童子は奇策を思いつきます。
夜中に、こっそりと、家族が寝静まったのを見計らい、
階下の台所目指して、抜き足差し足で下りてゆきます。

そして、音を立てぬよう冷蔵庫の扉を開けて、保存してある、
シアナマイドの瓶の蓋を回して、中身を台所のシンクに放出して
代わりに同量の水を注ぎ元に戻しておきました。

念のために、サクロンか何かの粉末胃薬や、食酢なんかも混ぜて、
薬風の味付けと香り付けも抜かりなく施しておいたのです。

次の朝、これ見よがしに、家族の前で、
大袈裟にシアナマイドの瓶からキャップに注いで、
グィっと仰ぎ、顔をしかめて、「うっ。まずいなあ。」
と大きな声を上げ、いそいそと、出勤するのでした。(・∀・)

酒呑童子アル症川柳入選作を一句ばかり

『シアナミド 治す気なければ ただの水』

おまけに、

『アル中は 酒呑む手管(てくだ)の 超マジシャン』

駄作でありました。(´・ω・`)

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2015年05月11日

前回までの回顧録のストーリーは、既に夏が近づく季節となり、
更に15年前から次年に流れ過ぎようとしておりました。
ですので、タイトルを「-その後」に改め、再び回想してゆく事にします。
ただ、童子にとって、「春先」は鬼門であったため残しておきました。φ(.. )

まっ、そんなことはどうでもよいのですが、
さて、目出たく転職に成功した童子でありましたが、
いよいよ、新しい会社への出社日の前週末のことです。

有志での密やかな送別会が、会社近くの居酒屋で催されたのです。
尤も、形式上は自己都合の円満退職ではありましたが、
決して会社から童子は祝福される退社ではなかったので、
集まった面子は僅か5名。本当に気心知れた飲み助のみ。(・◇・)ゞ

退院後、退社時には、こっそりと隠れ飲みしていたのですが、
家族には、送別会だから、仕方無く出席はするが、
酒は口にしないという約束の上でした。
(多分、今思えば、隠れ飲みはバレていたに違いありません。)

アルコール依存症者に、そういった約束の意味がない事は、
家族は十二分に解っていたかも知れません。
もしかして今回は、と淡い期待を抱いていたのかも知れません。

しかし、案の上、童子は久しぶりの仲間との飲み会であり、
やっと前の会社に区切りがつき、気分的に楽になったことで、
金曜日の夜の送別会で溢れんばかりに飲んでしまったのです。(≡ω≡.)

ちゃんこ鍋でつみれが旨く、日本酒が進んだ事を覚えています。
そうなると、もう水を得た魚の如く、狂水を目一杯浴びて、
あっという間に、入院前の状態に復活してしまうのでした。

午前様の状態で自宅に帰り着き、
家族が童子の部屋には近づいて来ない事を良いことに、
土曜日も飲み続けて、日曜日にも朝から飲んでいました。

実は、もう入院する大分前から、寝室は別居状態だったのです。φ(.. )
過飲する度に、誰も居ない空中を睨み、
訳のわからない雑言を延々と吐き散らすため、
寝室から追い出されて、四畳半の小部屋で”羽を延ばしていた”のです。

何か肴を捜しに、台所に下りてゆくと、
前妻が食卓にぽつりと座っておりました。

「やっぱり、お酒をやめられないの?」
「いや、祝い酒。祝い酒。今週限りや。(*゚▽゚*)」
「・・・・・」

ちらりと、童子の顔を一瞥するなり、
突然、「うっ。うっ。うっ。」と嗚咽を挙げながら、
卓上を掴んでいた両腕と体が、ぶるぶると震えだしたのです。Σ(゚д゚;)

そして、戸棚から白い紙袋を取り出し、錠剤を呷り、
童子に紙袋を投げつけました。
驚いて、紙袋内の処方内容を見れば、精神安定剤と睡眠薬。
薬袋に表示されているのは、○○神経科クリニック。

迂闊にも、その時、初めて知ったのですが、
妻は童子のアル中ぶりに耐えきれなくなっていたのか、
鬱を患って、秘かに精神医にかかっていたのでした。(TДT)

当時の童子は、アルコール依存症は家族をも巻き込んでしまう
怖ろしい病気であるという認識は、微塵もなかったのです。
家族に甘えていたのである。
今思えば、甘えなどというよりは夢現(うつつ)であったのだろうなあ。。。

童子は、なんとなく言葉に詰まり、
自室にもどるやいなや、何事かも忘れたように、
反省するどころか再び飲み続けるのでありました。(≡ω≡.)

他人の心を思いやるような余裕(?)もなく、
ただただ我が身の酒が第一優先という世界観に化していたのです。
なんという悲惨さ。なんという情けなさ。
今考えれば、常人の成す生き様ではなかった。(; ̄Д ̄)

それでも、流石に初日から二日酔いで休む訳にもいかず、
月曜日は朝早く目を覚まし、朝風呂を浴びて、
朦朧とする頭で、転職した会社に初出勤するのでありました。(´・ω・`)

(続く)

追記)記していて、今頃になって深い自責の念が湧きあがって来ます。
   ただし、五月晴れというのに、気分が滅入って来たので、
   回顧録を連続するかどうかは再考いたします。
   AAで云う所の悪業の棚卸をしている雰囲気ですね。

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2015年05月02日

だいたい、身の行く末を決める転職の面接に酒臭い状態では、
決まるものも決まる筈がありません。φ(.. )
面接の1日、そして、面談の1時間の為に、
前の夜は深酒をしない。当日は朝酒は止める。
という事さえ、なかなか覚束無くなっている状態でした。('д` ;)

しかも、なかなか、これはと言う募集の面接に漕ぎつけず、
あったとしても、面接日前日の深酒なんかで、
撥ねられ続けて、いよいよ十社目近くの会社でした。

当時在職の会社に比べると、ちっぽけな会社でした。
地味そうな業務内容。給与も半分程度。全く乗り気はしませんでした。

しかし、前妻は、童子が当時の会社の仕事と役職のストレスで
酒が増えて行ったのを理解していたのでしょう。
派手な仕事の会社ではなく、その地味な会社を薦めました。

給料は気にせず、役職もなくてもいいから、肩肘張らず、
楽に働ける所にしといたら。という思いやりでした。┏|*_ _|┓

童子は、まだまだ、やれると思っていましたが、
妻の助言に従い、まっ、前の会社では激務だったから、
ちょっとのんびりできそうな会社もいいかな。
なんて乗りで、その地味そうな会社の面接訪問に向かいます。

童子は、その日は、相変わらず朝酒は軽くやってましたので、
キオスクで、仁丹とアルコール消臭グミを買い、
面接のちょっと前から、胃が膨れるほど(嘘だけど)それらを摂取しました。
こんなもので、消える筈もないのですが。。。
(仁丹、フリスク、この手のものに何十万円も使ったかもしれませんねえ。(・∀・))

それで、いよいよ大阪の雑居ビルにある会社を訪問です。
着いてから知りましたが、社長じきじきに一次面接をするそうです。
面接会場の応接室に通されます。
今までの失敗から、酒の臭いがしないか不安になりますが、
自分自身では自分の酒臭さの判別は付きません。

数分待機すると、面接者の登場です。
なんと社長一人ではありませんか。

狭い応接室です。
童子は立ち上がり名刺を受け取ります。
瞬間、童子は酒の臭いがふっと湧いて来たような感覚が。

まっ、まずい。まだ、臭うのかな。(;´Д`)
まいったな。またダメか。仕方ないな。(´・ω・`)

諦めた様子で、面接者の社長を垣間見れば、
やけに赤ら顔ではありませんか。鼻も赤い。
見るからに呑兵衛を彷彿とする顔付であります。

そして、開口一番。
「いやー。昨晩は飲みすぎましてな。
 まだ、抜けきらんのじゃが。
 すんまへんな。」

あいやぁ~。酒の臭いは、このおっさんかあ。
尤も、童子も臭ってないとは言えない状態でしたが。
兎に角、互角の勝負となった、と胸を撫で下ろしました。

着飾らない雰囲気の社長に、何となく酒飲み通しの親しみを感じて、
童子も以前の仕事の功績を滔々と話しました。
なんとなく波長が合いそうな会話が続きます。

30分も話したでしょうか。
「よっしゃあ。決めた。」と社長さん。
「はあっ。」
「いつから来れる?」
「いや明日にでも。」
「そういう訳にはいかんやろ。今の仕事を片付けな。
 ほな。来月からどや。ちょとくらい遅れてもかまへん。その時は連絡してや。」
「(いや、片付けるような仕事は、今はないのです。)」黙っておりました。(^^;)

という事で、あれよあれよと言う間に決まってしまいました。
しかも、前の給与金額を話せば、そこまでは届かないが、
募集時の年収の1.5倍は出すというラッキーな計らいでした。

捨てる神あれば拾う神あり、とは良く言ったものです。
童子は小躍りしながら、早速近くのコンビニで祝杯を上げるのでありました。
ふと青空を見上げれば、春先は既に終焉を迎え、
初夏の陽気が、ほんの鼻先に迫りつつありました。

童子は悪運が結構強いのかなという思いはあります。
しかし、悪運は所詮悪運。そうそう長続きはしないのですね。
いずれ、また酒の神が人生の転覆を企てにかかるのでした。


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