2014年11月

2014年11月23日

先日の日曜日に朝早く食品スーパーに買出しに出かけました。
童子の自宅近くにある、メジャーではないが地域特化したスーパーです。

昨年、すぐ近くに大手スーパーが進出して来たので、経営が苦しくなると思いきや、
巧みな値下げ商品、タイムセールなどの呼び物が盛りだくさんで、
却って客足が増えているような気もします。

特に土日祭日は、10時からの開店セールが大人気で、
15分前には路上延延と、2-300人もの行列ができ上がります。

近隣に住む主婦、おじいちゃん、おばあちゃんでいっぱいの盛況ぶりです。

童子も休みに早く起きたら、大体は、このスーパーに買出しに走ります。
なにせ、卵十個1ケース39円、納豆3個1ケース29円、焼きそば3人分39円といった
超特価目玉商品が狙い目なのです。v ̄ω ̄)イエーイ

しかし、やはり増税後、消費者の財布の紐がめっきりと堅くなったのか、
最近になって、卵や納豆のセール品しか買わない、そして買ったら、
また店に入り直してセール品を買う事を繰り返すといった輩が増えて来たのか、
流石に店側も防御策として、500円以上購買の制限を掛ける日が多くなっています。φ(.. )

日銀のアホ総裁(失礼)が景気上向き景気上向きと、サルでも嘘とわかる虚構の念仏を唱えれども、
庶民にとっては、全くせちがらい世の中になっている片鱗がこのような処にも表れています。
やっぱり、酒呑童子経済アナリストが、以前のブログ記事『ビール市場の凋落ぶり』で予言したとおり、
アベノミクスは化けの皮が剥がれだして、「アホノミクス」の実態が晒され始めてまいりました。

実質GDP成長はマイナスとなるし、円安は118円にもなってしまって、
童子の会社は輸入100%に頼っているため、原材料費の高騰で、ここ1年以上赤字が連続し、
新卒の新規採用も今年も来年も取り止めとなり、まさに倒産寸前の息絶え絶え状態です。

給料は上がらず、賞与成績が悪いので、前年・一昨年に比し給与収入は減少。
おまけに、海外からの原材料の円安影響で、生活必需品の物価は高騰。
しかも、8%の税は思いのほか脇腹へのボディブローが効くのである。(T_T)

たぶん、100円ショップなんかも同様な煽りを喰らっている事でしょう。
大丈夫か?ダイソーさん。200円ショップに看板を変えないでね。頑張れ!(。・ω・)ノ゙

話は戻って、それいう状態のお客なので、客単価は上がることなく、
セール品漁りが目当てで、我先を争ってレジにならぶものだから、
あっという間にレジから商品通路を遥かに抜けて、更に折れ曲がったレジ待行列が出来上がる。
6列位あるレジそれぞれに30人以上が並ぶことになる。

そのなかの1列だけ、交差する列があって、大概が紳士的にお互いゆずりあうのだが、
その日は違っていた。童子のすぐ隣の列から問題が発生した。

一人の男が大声を上げた。
「割り込みはするんじゃねえ!」
もうひとりの男が、
「なにお!」と応酬した。

見れば、ともに70は優に超えたような、隠居してるとおもわれる風貌の御老体二名。
レジまであと数人の位置で、トラブルが発生したのである。

なにやら、一人の御老体は真っ赤な猿のような風貌で朝から酒臭さが漂うのが一目でわかる。
もう一名の御老体は、深酒の気配はないようだが、話にまるで凛としたところがない。
買い物籠の中味を見れば、特価商品だけの、お二人とも一人身であろう推測がつくような代物。

そんな二人が、中身の少ない買い物籠を地べたに置いての罵り合いが延々と始まったのだ。
みんな早朝の喧嘩を止めるような酔狂なボランティア精神を持った人はいない。
レジのパートさんも、レジ打ちが懸命で、喧嘩の仲裁など全くの意識外。
後続するお客は、御老体達をすり抜けて我先にとレジを通し帰宅を急ぐ。

御老体二名は売り文句に買い文句の様相が次第にエスカレートしてきて、
今にも老人同士のデスマッチがはじまる気配を見せた。
(不遜にも童子は心の中では、ヤレ!ヤレ!ヤッテマエ!とけしかけてたんだが。。。(・◇・)ゞ
 しかし、以前の童子なら当然たっぷりと朝酒が回っている時刻だから、
 ひょっとして、三つ巴の取っ組み合いに発展していたやもしらん。( ̄▽ ̄;)

一触即発のその時、ようやく連絡を受け呼び出された店長さんが、慌てて間に割って入った。

いやー。やれやれ。
何とか、殴り合い状態になるのは回避できました。
といっても、両者、15ラウンドが終わった後のフラフラのリング状態みたいなもんだから、
なかなかパンチが入らずクリンチ状態でお互い転倒するだけの試合運びになったような。


しかし。うーん。と童子は腕組みをしたまま考え込んでしまいました。(´・ω・`)
朝っぱらから、何やら日本の行く末の、とある暗い縮図を見てしまったような気がして、
なんだか物悲しく寂しい気持ちに襲われてしまったのは、童子一人だったでしょうか?
国会の解散など、庶民には無縁の遠い遠い別世界の戯れ言の様に思われるのでありました。(゚皿゚メ)


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2014年11月16日

数年前、100人の地球村というか、「世界がもし100人の村だったら」 というのが流行った。
地球の人口は65億人くらいいるが、
これがすべてのカテゴリーが比例して縮小され、
人口が100人になったらどうかというフェイクな話である。

そのお話によると、

アジア人:57人、欧州人:21人、北南米:14人、アフリカ:8人
女性:52人、男性:48人
有色人種:70、白色人種:30
キリスト教:30人、他の宗教:70人
異性愛者:89人、同性愛者:11人
60%の富(全員米人):6人
低居住環境:80人
文盲:70人
栄養失調:50人
瀕死状態:1人
出産間近:1人
大卒:1人
パソコン所有者:1人(今は違うだろうが)

そして、この詩が言わんとしているところは、
たとえば、


「もしあなたが今朝目が覚めた時 病気でなく健康だなと感じることが出来たなら
…あなたは今週生き残る事のできないであろう100万人の人たちより恵まれています


もしあなたがしっこく苦しめられることや逮捕拷問
または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことが出来るなら…
あなたは世界の30億人の人たちより恵まれています
 

もし冷蔵庫に食料があり着る服があり 頭の上に屋根があり寝る場所があるなら…
あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています」


とにかく、世界を見渡せば、貴方は恵まれているのです。
だから・・・小さな事でめげずに頑張ろうという論調なのです。


しかし、この詩の作者は残念かな、アルコール依存症ではなかったようだ。
であるからして、とても重要な(でもないか?)事を、一つ見落としてしまった。
詩の中の分類に、アルコール依存症者が抜け落ちているのだ。
たぶん、2人。(日本人のアル症者人口比率を一旦世界に適用すれば。)

どちらにしても、われわれアルコホーリックには、この詩のロジックでは、
98人の大半の人がアルコール健康飲酒者ですよといわれるだけで、
何も恵まれているわけでなく、なんの慰めにもならないのだ。(T_T)

う~ん。(´・ω・`)
突然、今回は夢想的統計学者に化した童子博士は、こういう想定を思いついた。

ある日、ある外部惑星からのウイルスが飛来し、瞬く間に世界に蔓延した。
このウイルスには奇妙な特性があった。
体内のアルコール濃度がウイルスを防御する性質があるというものだった。

したがって下戸の人から次々と遣られていく。名付けて”ゲコラ出血熱”。(^∀^)

次は、飲酒健常者が。
残ったアルコール依存症者も軽度な人から罹患し倒れてゆく。
そして、最後に世界で生き残った屈強な100人の村が出来上がった。
以前の童子なら、熾烈な競争に打ち勝ち、100人に入ったかもね。

勿論、100人のうち100人が重度アルコール依存症者。(; ̄Д ̄)
童子のスーパーコンピュータ京を使った統計によると、
ロシア人:31人、アメリカ人:28人、その他欧米人:15人、
日本人:5人、中南米諸国、アジア諸国と続き、アフリカは0人。
(全く根拠なし。アル中の首相もいたくらいだから、やはりトップという程度。
 であるから、この統計に対しては、
 プーチン氏、オバマ氏はじめ特定機関からのクレームはご勘弁願いたい。)

そして、この100人の職業別分類は、・・・
なーんてシュミレーションしようとしたが、
あまりに馬鹿馬鹿しいので止めにした。

断酒など全くする気もない、スーパーヘビー級アル中者100人の世界なんて、
誰にも一切咎められずに酒はたらふく死ぬまで呑めるでしょうが
まるでゾンビ村とおなじ状態になって行くのでしょうね。

この詩では救われない、恵まれない部類に入ってしまったが、やっぱり酒は飲めんなあ。
などと、長い秋の夜をアホな空想で過ごす童子でした。(´・ω・`)


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2014年11月09日

「!」と感嘆符付きでPRしたいのだが、ここん処、今いちノリが悪いのだ。
9月のまだ熱い時分までは、汗を流してジョギングを週2回こなしていたのであるが、
10月に入ってからは、仕事の多忙さと出張の多さが禍したのか、走り込みは0回。
全くの運動不足なのである。

ダウンしていたウエイトも若干リバウンドしたような。
スーツのズボンが心持ち苦しいような。
電子体重秤にも、なんとなく近づき難いような。

断酒20ヵ月も、気が付いたら通過していた程度の事になってしまっていた。
断酒が苦痛でもなんでも無くなってきたので、
逆に、汗を流す運動で、酒の邪心を振り払うなどという逼迫した術も
不要となり、なんとも締りがなくなってきているのだ。

飲酒欲求を気にしなくなって、悪い意味での慢心が滲み出ているようだ。
もう少し今の仕事が延長になったせいで、気合いが一旦保留になったのも要因している。
一ヶ月前までのストイックさが生活全般において欠落している事に気付いた。

うーん。気合いを入れんといかんなあ。(´・ω・`)
来週晴れになってから考えよ!(・∀・)


と、話は変わるが、実は、前回の「アル中先生の思い出」に続いて、
「アル中婆さんの・・・」というタイトルで書こうとしていたのである。

仕事の帰りに、時々電車一駅前で下車して、駅前にあるジャスコに寄る事がある。
先週末も帰りが早かったので、一駅前で下車。
駅の改札からジャスコの表玄関までは憩の広場が連なり、
長い洒落たベンチが4連ほど並んで置かれている。

大概その時間には、同じ決まったベンチに一人の老婆が座っているのだ。
手には、缶チューハイひとつだけ。他に荷物は何も持っていない。
そして、ベンチ前の広場を路行く人々に向かって、
大きな声で何やら非難めいたセリフを叫んでいるのである。

路行く人々は、いつもの事なので、何事も無いように通り過ぎてゆく。
童子は時折り持前の好奇心から、立ち止まって、耳を澄まして、
叫んでいる内容を聞くのだけれど、一向に文脈は理解できない。
しかし、途切れ途切れの単語で、誰かへの憎悪と怒りは十分感じ取れるのだ。

泥酔している様子ではない。
缶チューハイは片手に抱えているが、ほとんど口には付けていない。
その様子から、飲んでなくても、もう脳味噌は常時酔っ払いの
状態になっているであろう事が窺われる。

アルコールの書物で垣間見たことのある ウェルニッケ脳症ってやつか、
それとも脳萎縮のなれの果てかなと思っていつも眺めていた。

その大概は何時も居る婆さんが、今回は居なかった。
そういえば、先々月も居なかったなあ。

やっぱり身の上に一大事があったんだろうかな。
何か、他人事で無関係とは思えない一抹の感傷を受けたのであった。

やっぱり、断酒、慢心すること勿れ!
一歩間違えれば、確実に我が身の出来事である。

やっぱり、今週から運動だあ!!!(*゚∀゚)っ

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2014年11月01日

むかーし、むかーし、童子が、まだ小学校高学年の頃の事です。

世の中には、本人が学歴に恵まれなかったせいなのか、
やたら自分の子供の勉学に過剰な期待をする親御さんが、
昔も今も多々見受けられます。

童子の親も、それほどではないにしても、ご多聞に漏れず
同学年の従兄の親(同じ穴の貉)と申し合わせて、
従兄と一緒に塾もどき所に通わされました。

とは言っても、人口僅かな昔昔の田舎町。
当時は塾などというビジネス産業は片田舎には進出しておりません。
学校の先生が安月給の糊口を凌ぐため、自宅で生徒を集め、
学校終業後に、こっそりと商いを行っていたものです。

童子が教わったのも、通学していた小学校の先生。
三十代後半の独身のうだつが上がらぬ男性教員でした。

先生は、小学校近くの古い民家の二階に下宿しておりました。
六畳の畳間ひとつ。生活用品は布団と炬燵くらい。
であるから、唯一ある家具の炬燵を囲んでの授業で生徒数は3名まで。
(麻雀と一緒ね。φ(.. ))

少人数精鋭主義の英才教育かと思いきや、
与えられた参考書の問題をひたすら一人で解くのみで、
回答も、参考書の刊末にある回答集を見て、
生徒が答案を交換して、生徒で○×をつけていきます。
先生はというと、鼻くそをほじくりながら新聞に目を通してました。
完全にセルフメイドの塾です。

それに加えて、塾の授業のある日に二階の間に上がっても、
先生は学校はとうに出ているのに、下宿には帰っていない事も多かったのです。
ただ、先生不在でも大勢に影響なく、生徒は黙々と自習するのみでした。

自習の終わり間際に、酒の匂いをさせて帰ってきて、
「おお、できたか。できたか。よっしゃー、今日は終わり。」
当時としては、素晴らしいビジネスプロセスですね。

それでも、気の優しそうなチョンガー先生で、童子も従兄も、
家に居るよりか、何故か気が安まったものでした。
童子の親父も従兄の親父も大酒飲みで、しかも遊び好きで、
家庭ではなにかと、いざこざが多かったものです。(T_T)

月謝も安かったでしょうが、塾としての意味はまるでありませんでした。
それでも、小学校5年・6年と2年通ったような記憶があります。

その後、童子が高校を出る時も先生は独り身だったようです。
今思えば、その先生がずっと独身であったのは、やはり訳があったようです。
というのも、飛切シャイな性格ながら、至って大酒飲みで、
しかも、かなり酒癖が悪かったみたいです。

童子の実家は、小学校の裏と敷地が繋がっており、
芝の垣根の隙間から、自宅の裏庭に出入りが出来ておりました。
ときどき夜の九時くらいに、学校の宿直室の辺りから、
大きな酔っぱらったような声が聞こえてきて、親父が裏庭に出てみると、
彼の先生が酒びん片手にフラフラさ迷っているのを幾度か目撃しております。

当時の田舎町。親父やおじきも飲んだくれてた時代。
先生の素面の時の人柄が良かったので、大目に見られていたのでしょう。

また、童子の母親が先生の下宿に月謝を持っていったときに、
真っ赤になって照れていたと話していたのを今でも思いだします。
「シャイな先生だこと。ほほほ。
(といった都会的上流階級の言葉使いなどでは、決してありませんが。そういうイメージ)」
母は当時は結構美人であったようです。(親父に言わせると)

また、先生は、学校から下宿の二階に戻って来たときに、
やたらに足が臭くて、生徒一同、閉口してた事を思い出しました。Σ(゚д゚;)
酒臭い。足も臭い。風貌は冴えない。照れ屋だが酒グセは悪い。
スーツは鼠色と思われる安物っぽいよれよれの着たきり雀。

これでは、奥さんはなかなか現れないなあ、と
童子は子供心ながらに感じ取り、先生の行く末を心配していたものです。

先生は、飲み過ぎ状態で授業もよく休んでいたようです。
また、親父の言によれば、酒にまつわる事件もあったようです。

現世であれば、教育なんたら法違反なんかで、訳のわからない
杓子定規な教育委員会にとっくに追放されていたでしょう。
もしくは、ませくれたガキどもの(失言、生徒達の)LINEなんかの餌食になって、
2CHなんかのSNSメディアに晒し物になっていたかも知れません。(゚皿゚メ)


そんな先生でも、ああ、あのアル中先生は、今どうされているのかな。
先生と同じ病だけを、唯一教わって(?)しまったんだなあ。
と、なつかしい昭和の時代の情景と重なり合った、
ノスタルジックな思いが、ふと込み上げてきたのでした。(´・ω・`)

先生。やっぱりあのまま不遇な人生で終わったのかなあ。。。
やっ!人ごとではなかったね!(; ̄Д ̄)


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