2014年04月

2014年04月01日

同僚が一人会社を去って行った。
近年、欝病で会社では何回も長期休業状態を繰り返していた。
彼は酒を一滴も飲まない。根っからの下戸である。
そしてスポーツマンでもあった。好男子である。

ところが、とある酒飲みの同僚(アル中ではない)は、彼の病状について、
「大体、鬱になる奴は、遊ばないし酒を飲まない。だからストレスが溜まるんだ。
 俺なんかは、ストレスは酒で吹き飛ばして、飲む打つ買うの三拍子だから、
 鬱なんてありえないね。」
などと豪語していた。アホな奴である。(゚皿゚メ)

童子も躁鬱の気は若干ありそうだが、鬱病には認定された経験はなく、
酒を飲んでくだを捲いていた時分は、そういう風に思っていた事もある。
確かに、童子の周りの鬱になった人達を見てみると、大酒飲みは不思議といない。
皆、気まじめで、大人しい人逹が大半である。

逆に、童子の周りに存在していた大酒飲みを見て見れば、
確かに鬱になった輩はあまりお目にかかった事がない。
しかし、本当にそうなのであろうか?
大酒飲みは鬱にならないと言えるのだろうか?

ブログなどを拝見していると、
鬱とアルコール依存を共存させて悩んでいる人も見受けられる。
ウ~ンと考え込んでしまった。(´・ω・`)

今回は突然、社会学者なんかに変身した童子の結論は、こうである。
結局の所、ストレスの多い現代社会では、
鬱になる人口が一昔に比較して圧倒的に増加しているのである。
昔はほとんど見うけなかった。しかし、今は童子の会社を見渡しても、かなりの確率で存在する。
EAPなどのカウンセリング制度を設置している会社も多いのではなかろうか。

それに比較して、アルコール依存症のカウンセリングを、
会社の制度として実施している会社は、そうそうはないと思われる。
童子の友人で酒造会社に就職している者がいるが、そういう話は聞いたことがない。

たぶん、ロシアまで行けば、首相からしてアル中が居た位だから、
そういうシステムもありそうではあるが、少なくとも日本ではないようだ。
あったら教えて欲しいものである。

詰まる所、罹患人口の差なのであろう。
つまり、現代社会では圧倒的に、アル中は鬱病患者に比較すれば少数民族なのであろう。
(誤解なきよう断っておきますが、少数民族を蔑視している表現では毛頭ありません。
 童子の友人には、モンゴル民族もウイグル民族もおりますので。)
鬱病患者は現代社会の歪みの被害者という社会の温かい認識はあっても、
アル中患者は市民権すら与えられていないという事なのであろう。

日本では、いくら政権が変わろうと、天変地異が起ころうが、
そういう社会の御慈悲はアル中患者には決して注がれる事はないということだ。
アル中の負け!
こうなれば、断酒し続けて、アル中というミュータントの正体を一生隠し通し続けなければ、
我々は人にあらずということか。。。(T_T)

↓話の脈絡に少々欠ける部分がありますが、共感いただけましたら、
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