2014年03月

2014年03月29日

前回の記事を書いた火曜日はなんとなく気分が優れず、
”木の芽時の危うさ”というタイトルになってしまったが、
実は、先週の土曜日に通院したアル専クリニックの件を
書こうと思っていたのだ。 |:зミ

早寝早起きが身について来た童子は、5時には起床。
余裕を持って早く到着しました。開院15分前。
クリニックの入口の扉の前には、おばさんが何故かぽつりと一人。
まだ、開いていないのかと思ったが、よくよく見れば、
以前の記事『メンタルクリニックでの事件』で書いた、またあのおばさんである。

実は開錠しているのに、呆けたおばさんが、また扉の開け方が解らずに
待っているだけかも知れないと思ったが、暫く童子も数メートル離れて待ちます。
数分経ち流石に痺れが切れ、突っ立っているおばさんの脇を失敬して、
「ちょいと失礼。」と手を伸ばし、自動扉の開閉ボタンを押して見た。

あらっ!開かない。(; ̄Д ̄)やはり閉まっていたのか。おばさんがジロリと睨む。(TΛT)
なんともバツが悪くなって、入口からまた数メートル戻って行きました。
その時、セーターにジーンズ姿の風采の上がらない男性と擦れ違い、
男性から軽く会釈されたような気がして、童子も慌てて頭を下げます。(´・ω・`)

さて誰だったか。見たような風貌だな。振り返って見てると、
閉まっている筈のクリニックの扉をスッと開けて中に入った。
あぁ!なんだ。先生じゃあないか。
何時も診察時間が二分程度で、お互いに目を逸らしているから、
よくよく顔は覚えていないのだ。

な~んだと、先生に続いて開閉ボタンを押してクリニックに入る。
童子もおばさん同様、ボケてきて自動扉も開けられなくなったのか、
やっぱりおんなし程度に脳ミソがやられているのかと不安になって来る。
なんとも不思議なドアである。φ(.. )


ところで、このクリニックに到達するまでに、
20数年前から何軒かの心療内科やアルコール専門病院やメンタルクリニックなどに、
お世話になって来たが、どこもかしこも、一回こっきりか、
良く続いて2ヶ月なのである。

以前、とある京都の、その道では有名なアル専医院に行っていた時は、
医者がさかんに自助会を勧めるのと、行く度に何やかやとボロクソに言われて、
医院の雰囲気も如何にもアル専、もちろん患者も。(≧ヘ≦) ムゥ
毎回、嫌々の気分での通院だった事を思い出した。


ところが、現在のクリニックの先生は、ほとんど大した事は話しません。
いつも、「どうですか。変わった事はありませんか。」と言うだけである。
(サルとまでは言わないまでも、小学生低学年でも勤まりそうだ。)
それに、このクリニックでは、一度も自助会に行けなど薦められた事がない。

変わった事がなければ、次の予約日を決めるのと、眠剤の量を確認するだけである。
(しかも最大60日分出してくれる。)
そんな無機質さが童子には逆にすこぶる居心地が良いのだ。  |:зミ

アルコール依存症には、本当の所、名医といったものなど存在しないのかも知れない。
自分の症状と気性に合いさえすれば、事足りるのかも。
千差万別な自己の精神的な問題だから、
何かフィットする所に巡り合えば、良いような代物かも。
というより、一筋縄の治療法も王道も無いような気がしますね。


「やっと一年断酒できました。」と童子。
先生は、「・・・・」、にっこりと頷くだけ。
お世辞じみた労いの言葉もない。
しかし、そんな無会話状態が却って心地良さを感じるのである。

まあ、2ヶ月に1回のミサのようなものと思っているから、
最近は苦であるどころか、ルンルン気分にも近いものすらあるのだ。 |:зミ
もらう薬も眠剤だけ。電車賃を入れても2000円ちょっと。
それで、酒が止まってくれているなら安いものである。

皆さん。自分に合うクリニックや施設でないと続きません。
無理せずに、適合するまで捜しましょう。

なので、折角だから、もう少し続けて見ようか、と思う童子でありました。(^∀^)


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2014年03月25日

先週土曜日は、久し振りのクリニック通院の日でありました。
(当初の1週間から2週間、今は2ヶ月1回の間隔で良しと言われている。)
外に出れば、陽気はもう春先を思わせるものに変貌しかけております。

しかし、心なげか、なんとなく心がすっきりしないのである。
3連休は、クリニックに行った以外は、ずっと部屋に籠り、
気が紛れるよう、洗濯、掃除、ベランダに出しっぱなしの
大型ゴミの分解などと機械的な作業を見つけては埋没しておりました。

実は、従来飲んでいた時分は、この春先が一番ヤバかったのです。
過去の連続飲酒発作を振り返って見れば、不思議と大きな事件は、
全て3月末あたりから4月にかけて集中しているのだ。

最初にアルコール専門病院に入院したのが、10数年前の3月末。
記事『底を尽く』で書いた、連続飲酒発作の始まりが忘れもしない3月31日。
そして、その次の発作も、3月。その次は、4月中旬。
全て申し合わせたように、3月から4月に掛けて発症しているのである。

尤も、小規模なる連続飲酒は年から年中ではありましたが。(≡ω≡.)

昔から「木の芽どき」という言葉があるから、やはり、
春先の季節の変わりどきは精神疾患が多いのであろうか。


ネットで調べて見れば、やはり春先は危険なそうな。
統計でも、3月から5月にかけてが自殺者数がピークになるようである。

冬から春への季節の変わり目で、気温の高低差激しく
体調に変調をきたし、身体のホルモン状態が崩れて、
そのバランスが上手く取れずに情緒不安定になる人が出てきやすい。
とか。

4月1日に人事異動が行われる官公庁や企業が多く、
また、進学も4月であり、環境の変化の為に、
諸々のストレスが掛かってくる人々がおおくなる。
とか。

日本では、今だに、3月末決算の会社が多く、
好況ならともかく、業績の悪く、
3月決算で遣り繰りがつかない企業の経営者や幹部や、事業主は、
心身を痛める時期でもあるそうな。

また、陽光の中で仲睦まじく楽しげな人々の姿が、逆作用して、
自らの鬱鬱した気分が更に低下してゆく精神状態もあるらしい。

童子の場合は、やはり寒さに半分冬眠していた身体が、
急に春の日差しに照らされて、バランスを崩しているような
感覚があります。もやもやして不安定な情緒不安定気味。

こういう時は一杯呷ったら、おセンチな気分もひとっ飛びで、
ファイト一発だったのだが。。。(T_T)

少しダイエットできたものの、油断が出て、またリバウンド傾向にあるから、
数週間停止しているジョギングを始めるのが一石二鳥で効果的であるかな。

よし。明日から!(ホントかな?(*´Д`*))
と、自分に気合を掛ける童子でありました。

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2014年03月20日

過去の飲酒状態を時折振り返って見る機会を
このブログは自分に与えてくれている。
アルコール依存症の否認を打ち消し続けるための
効果的なツールとなっている。


思うに朝酒が始まったのは何時からだったろうと考えて見た。
最初の飲みだした段階から、既に、ブラックアウト、
人格変貌(所謂酒乱)は茶飯事に付きまとっていたが、
朝目覚めて、どんなに二日酔いで頭が割れそうでも、
「もう酒は飲みすぎないでおこう。(ノд・。) 」
などと殊勝に反省し、朝酒などという手段には思いも及ばなかった。

ただし、夕暮れが近付くとまた飲みたくなってくるのだが、
朝酒に手を伸ばす事だけはなかったのである。

それが、一体何時頃からか、何のきっかけで、
朝から飲みだしたのか振り返って見る。
思い出すに、きっかけは、二日酔いで会社を
休むことが度々始まった頃だろう。

二日酔いの頭で、半分家族への体裁上、出社しようと家を出る。
しかし、頭が痛い。その状態で出社しても仕事も辛い。
今日は特段の会議なども入っていない。・・・休もうか!
今日一日会社も家庭からの束縛もなしで自由の身だ。ヽ(´ー`)ノ
こういう事が引き金になる。

早朝の公園のベンチに座るが、手持無沙汰で喉も渇く。
近くに酒屋の自動販売機を見つける。
渇きを癒すためにビール位飲んでみるか。
飲めば体に少量のアルコールが二日酔いの辛さを
幾分麻痺させてくれる。これはいける。楽だ。(^∀^)

どうやら、そんな感じから始まったようである。
当然ながら、それが病みつきになってくる。
次第しだいに、朝酒飲みたさに、やたら朝早く起きて、
家族には会社に行く振りをして、家を出る。
起きた時から既に頭の中は酒を飲む準備が整っているようになるのだ。

家を出るや、駅ではなく自動販売機の方向へ足は躊躇なく向かう。
最初は缶ビールだったが、次第に缶チューハイ、ワンカップへと出世してゆく。
そのうちに、酒屋が開くのを待って、焼酎のボトルを買い求め、
場末の映画館なんかに消えてゆく。だいたいそんな日々に陥っていく。

だんだんと、深酒をした次の朝は朝酒休業が日課となってくる。
どうしても会社に出なくてはならないような要件があると、
始業まで2時間あるから、缶チューハイ一杯位なら臭わないだろうと、
勝手に都合よく解釈して、あわてて一杯呷り出社するようになる。

酒の匂いは飲んでいない人には良くわかる代物なのに、
自分では常態化して臭いは感じないから、都合よく解釈するのみである。
一本の缶チューハイが、リポビタンDやポカリスエットやウコンの力など
よりも遥かに凌ぐ役割を演じるくれるようになってしまう。

そのうちに、やはり会社でも噂が広まる。
「童子さんは、いつも酒臭いね。」
「ねぇねぇ、あの人、アルコール中毒じゃないかしら。」
そうい噂は自部署は勿論、他部門にも広まり、会社の経営層の耳にも入り始める。
上司が見かねて注意しようが、ちょっとやそっとでは治まる代物ではなくなっている。
また、家の者も父親が会社をサボり飲んでいるのも早晩判り家庭内も不和が生じてくる。

そうなれば、いずれ数年で退社を已む無くされるのは自然の成り行きである。
大体そんなところが酒で仕事を無くしてゆく常道ではなかろうか。


『嘘つきは泥棒の始まり。朝酒はアルチュウの始まり。』(酒呑童子格言集より)( ・Д・)

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2014年03月15日

一昨日、「CoCo壱番」を捩ったような「地球イチバン」とかいう名前の某国営放送番組で、
「世界一UFOに近い街~」というタイトルの映像を放送していた。

一般企業なら、とっくの昔に頸になっているような会長が居続けているレベルの団体の作品なので、
どうせ大した番組ではないだろうと思ったが、UFO少年(今もUFO老年)であった童子は、
番組のタイトルに惹きつけられて、睡魔に耐えながら、11時まで時間を消費してしまった。

最近の童子は、早朝ジョギング(あっ!最近サボってる・・・)に目覚めてから、
就寝するのが、やたら早くなっております。10時には眠くなるのであります。
枕元には、なかなか通勤中に読みづらい分厚い装丁の書籍を並べてあるのですが、
就寝前に開けば、およそ2頁も読まないうちに眠りに堕ちる。(_ _o)))))ZZzzZZ

なもんで、精神科クリニックで処方してもらっているブロチゾラム錠は、
一向に無くならず溜まる一方である。(ネットで売るか!)

それでも、実は、国営放送がやるのだから、国民の血税を騙し取っている金で製作するのだから、
それ相応の内容かもしれないと、少しは期待して番組を見たのだが、やはり失望物でした。
番組の一番最後に、数秒間、光が遠方で山の陰に消えていく映像が流された程度で、
くだらないインタビュー主体の、ほとんどインパクトがない代物でありました。

税金泥棒!!(゚皿゚メ) と叫びたくなるような。。。
(かくいう童子は受信料不払共闘に加盟しているので、トーンは低いのですが。。。(´・ω・`))

で、番組は、アルゼンチン中部にあるカピージャデルモンテという小さな街での取材でした。
住民の8割がUFOを目撃しているらしく、UFO愛好家の間で聖地と呼ばれている所です。
最初に、この街がUFOで脚光を浴びたのは、ある少年が巨大な光る物体を目撃し、
その山の麓に100Mもの焦げ跡が一夜のうちに発見されたという事からである。

その少年は、その後、アルコール依存症となり消息が不明だったが、放送関係者が追跡し、
少年(すでにおっさんになっていたが)の住処を突き止めインタビューするという、
やらせ風の一幕もあった。

が、こういう番組は、やはり矢追 純一さんにプロデュースして欲しかったですね。
そうできないのが、国営放送の限界かぁ。籾会長!即刻辞めろ!(#`皿´) ムキーーーー!

と怒る童子でしたが、翌日、会社の昼休みに取引先の若手社員と世間話していた際に、
たまたま昨夜の番組の話題となったのですが、番組を少し見ていた人が、
「UFO見た人がアルコール依存症だから、信用ないよね。」
という差別発言をしたのです。ウッウッ!(; ̄Д ̄)

実際は、少年時代に目撃し、それ以降アル症になったというのが番組の筋書なのです。
(実は、童子も小学生の時、妹と二人で目撃した淡い記憶があるのです。)
「いや、目撃した後、マスコミなどから色々あって、アル症になったらしいよ。」
と弁明(?)しようとしたが、そういう事を、いいおっさんが議論しても致仕方ない。

やはり、世間の眼は、そういうもんなんだなあと、淋しい思いに駆られる童子でありました。(T_T)


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2014年03月10日

この所、飲酒の夢は、すっかり影を潜めていたのだが、
昨日、また久しぶりに、飲酒シーンの夢を見てしまった。(T_T)

仕事関係の集まりがあり、宴会の後、夜の街に繰り出してスナックに入った。
断酒を貫く意識はかろうじてあったものの、薦められた1杯を断りきれず、
呷ってしまいました。その後は、酒が止まらず、連続で飲み続け、
宿に帰っても、缶チューハイを山程仕入れて飲んでおりました。
出張が終わり、以前の自宅に帰っても、前の妻が酒を止めるを、うざく感じながら、
隠れ飲みを始めていたところで、ガバッと覚醒してしまいました。

何十年も喉に焼けついたリアルな酒の味が残っておりました。
いつもながら、後味の悪い夢です。(´・ω・`)

1年間の断酒により、平静時の飲酒欲求はほとんど薄らいでいるものの、
脳髄の奥深く、アルコールの禁断の味覚の記憶は、
ちょっとやそっとでは拭い去れないほど刷り込まれているのでしょう。
やはり百薬の長などではない。完全な魔薬であります。

今のところ、かろうじて理性の力で呑む気がおこらないだけなのですね。
まだ、しっかりと脳が覚醒しているから、呑んだ後の具合の悪さの推測値が、
飲む事による快楽値よりも幾分か上回っているから、断酒の制御ができているに過ぎません。
1杯でも口にすれば、今までの努力はあっという間に水泡に帰するという、
そういう確実な自信が残念ながら今でもあります。

寝てしまったら、夢の中では潜在している飲酒欲求が鎌首を擡げ、
薄らぐ断酒の理性を凌駕しているのであろう。
まだ、断酒の意識の強さが持続していれば、何とか収まろうが、
認知症でも患へば、到底自信はない。。。

そういえば、以前行っていたAAでの、とあるミーティングを思い出しました。
飛び込みで今回初めてAAに参加したと言う70歳位の御老人がおられました。
二十年間断酒を継続していたが、あるきっかけで1杯飲酒したのが
引き金となって止まらなくなり、どうしようもなくAAの扉を叩いたという事であった。
依存症とは、こういうものなんだなあ、とつくづく感じた場面が思い出されました。

ただ、その御老人は、その日限りで次のミーティングからは姿を見せなくなりました。
という童子も、暫くしてからAAを去って行った身なのであるが、
御老人のその後の安否がどうなったのか、ふと気に掛かりました。
やはり、今の科学・医学では、アルコール依存症は、寛解という状態はあるものの、
一度細胞に刷り込まれた酒のアレルギーは、一生完治はしないのでしょうか。

1年やそこらで油断はとんでもない話です。
死ぬまで、気を引き締めていなければ、再発は何時どんなタイミングで
襲いかかってくるやも知れません。
断酒を継続すべく、依存症の自覚の風化を食い止めるべく、
更なる意識を高めようと真摯な思いの童子でありました。(・◇・)ゞ


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