2013年11月

2013年11月24日

童子の住んでいる集合住宅の住人の一人が、最近、飲酒による騒動を頻発させており、
管理組合の方から対応の難儀さを耳にしました。
まだそんなに歳はいってない輩ですが、やはり、同類の嗅覚によると、
依存症であるのは間違いない気がします。

わが身に振り返って、四十年近くものアル症を全うしてきて、
何故今になって酒を止められているのかを考えて見た。
逆に、それだけの長期間、依存症の修業を行ったからこそ、
断酒できたともいえまいか。(これは没!(`・д・´)だね。)

なまじの決意で止められるものではありません。
親の死や家族や仕事よりも酒の方が大切であった病気です。
人生の全ての立ち振る舞いが酒第一優先になってしまう病気です。
酒以外の興味や価値観がどんどん低下して行ってしまいます。

これまで自分ひとりの意思で断酒を思い立った事はありませんでした。
酒業の挙句、決定的によろしくない仕業をやらかしては、
周りの眼や意見から少しは反省して、何度も何度も断酒を宣言して来ましたが、
ええとこ1週間。1ヶ月は至難の業。
すぐに失敗時の反省感などフェイドアウトしてしまうのです。

もうすぐ、10ヶ月目の断酒期間に突入します。
なんとか今回はずーっと続けられそうな予感があります。

とはいえ、全く飲酒欲求が消えてしまった訳ではなく、
数十年もの陶酔感に痴れた快楽は、しっかりと大脳皮質に刻み込まれて、
そう簡単には拭い去ることはできないのです。
拭い去ることができるとすれば、依存症の数十年の人生の記憶すべてを、
消去しきった時でしょう。
半分アルコールは人生そのものに匹敵しているのですから。

そういうことですから、いつ何時、ふっと衝動的に口にするやも知れません。
そんなたった一つのきっかけを想像してみるに、
その後の断酒を継続できる自信が実は童子にはないのです。
1滴は大げさにしても、1杯の酒が封印されていた結界を全て無意味化して、
忘れかけていた快楽を呼び戻し、以前よりも一気に連続飲酒に突入する予感は
しっかりとあるのです。

そういう意味で、頑強な意思の下で断酒が成り立っているのではなく、
実はガラス細工の崖っぷちを危うげに一歩一歩進んでいるだけなのです。
緊張感が無くなれば、あっという間に転落してしまう状態にあるわけで、
しっかりとした自覚がまだまだ必要なわけなのです。

おそらくは、完全に欲求がなくなるには、アル症の人生と同等以上の
期間をもってして修復しなければ、不可能なのでしょう。
いや、おそらくそれでも不可能でしょう。

一人ぼっちの断酒闘争はガラスの崖っぷちで、まだまだ果てしなく続くのです。φ(.. )
今回は真面目な話題の童子でした。(^∀^)


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2013年11月19日

大学を出て就職数年目の出来事です。
就職した後も親交が続いていた学生時代からの友人が結婚することになりました。
あまり父親との仲がよろしくなかった友人は、親の援助に頼るのを厭い、
就職したてで資金も少なかったけれど、全て自前で結婚式を行おうと、
披露宴も節約してホテルなどではなく、奥さんが卒業した京都の大学の学生会館を借りて
開くことになりました。

披露宴の準備なども全て、学生時代の双方の友人を中心に進めることにしました。
童子は特に酒飲み友達で仲がよかった関係で、披露宴の司会を仰せつかる事にあいなりました。
本来童子は人前で喋る事が大の苦手で、一旦は断りましたが、
友人の新妻も学生時代からの知り合いで、結局引き受けざるを得ない状況となったのです。

結婚式というもの自体に出席したこともなく、ましてや司会など経験は皆無だったため、
書店で冠婚葬祭や司会者に関する本を買い求め、宴会の式次第を友人と練りました。
A4ノートにびっちりと、台詞と進行スケジュールをしたため、当日に備えます。
前夜は、スケジュールの最終確認と台詞の練習をしながら、友人の関係者と飲み明かしました。

いよいよ当日です。
開宴時間が迫ると共に、童子の緊張はどんどんと高まっていきます。
カチカチになっている童子を見かねて、友人の知人A君がワンカップの清酒を数本買って来て、
童子に薦めてくれました。
一気に一本、更に1本呷れば、すーっと緊張は緩和されて行きます。

遂に披露宴の時間になりました。
びっちりと念には念を入れて台本を作っていたため、
ワンカップの景気付けにも助けられて、司会も実に順調に始められました。
いやー、案ずるより産むが易しかあ。.。゚+.(・∀・)゚+.゚
テンションも揚がり、司会進行も絶妙なユーモアを交えて絶好調です。

ワンカップの酔いも回って来て、緊張感など全くなくなって勇気凛凛(⌒∇⌒)だあ!
知人が童子を労って、司会の台詞の合い間に、コップを持って来てくれました。
童子は、ここで調子に乗ってしまいます。
ちょっと位大丈夫だと、一杯いただきます。
一杯が二杯、二杯が。。。最後には手酌をやりだす始末。(≡ω≡.)

だんだん、だんだん、司会の呂律が怪しくなって行きます。
列席者の酔いも回り宴たけなわな雰囲気が、更に童子の手酌を進めます。
しかし、ある瞬間を境に、ついに童子の記憶はプッツリと途切れてしまうのでした。

気がついたら、宴は終わった様子で、宴会場の傍の控え室で寝ていました。
友人と新妻と数人が、呆れ果てたような表情で、童子を覗き込んでおりました。
「ありゃあ、すまん。」と飛び起きて謝れば、友人は、
「大丈夫大丈夫。こんな事もあろうかと、A君にも司会の代役は頼んであったから。」

童子は、さすがにバツが悪くなり、「すまん。すまん。」と連呼しながら、
まだ宴会場の周囲で新郎新婦を祝して残っている集団を尻目に、
こっそりと一人で、夜の京都の繁華街に消えて行くのでした。(T_T)

それからというもの、童子に披露宴の役回りの依頼などが来る事は、
二度とありませんでした。(´・ω・`)

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2013年11月10日

先週末、出張先で取引先との仕事が終わった後、
たまたま、取引先の社長と帰り道が同じになりました。
タクシーに同乗して、最寄のJR駅近くに着こうとした時、社長が、
「童子さん(ホントは本名)。ちょっと一杯どうですか?(´∀`)」
と誘ってくれました。

社長とは云っても、地方の小さな会社なので、
フーテンの寅さんに出てくる裏の町工場のタコのおっさんのようなもんです。
(懐かしいですねえ。学生時代からよく見たものです。
 ほぼ全シリーズ見てると思います。)

以前の童子なら、一発で、「よっしゃあ!行きやしょう!ヾ(=^▽^=)ノ」と威勢よく応えている筈です。
なにせ、酒に誘われて、一度も断ったことがないのが、
童子の唯一誇りとするトレードマークでもありました。

何があろうと誘われた酒は断らない事が、男の任侠道( ̄‥ ̄)のように思っていたふしがある。
下戸で飲めなくて酒の付き合いが出来ない男は男ではない!
男の風上にも置けない奴っちゃ!(゚皿゚メ)、などと軽蔑していた童子であった。

しかし、今はまったく話が違う。
できるだけ、酒のある場からは遠ざかろうとする柔な男に”成り下がって”いるのだ。
一瞬、言葉を詰まらせた。
「え、ええ、いいですよ。でも。。。('A`|||)」

JR駅近くの魚が旨そうな居酒屋に入った。
「実は、医者から暫く酒を止められてるんですよ。」
と、申し訳なさそうに切り出した。
「年末に、人間ドックの検査でちょっと引っ掛かりましてね。。。」

「あっ、そう。その方がいいね。」と何気もなく、それ以上の事は聞かない。
社長は、童子が正真正銘の依存症である事は知らないが、
当然、以前の童子の飲み方は知っている。
朝から酒が残る状態で、酒臭い息を撒き散らして、何度も打ち合わせを重ねてきたが、
このおっさん社長は、人間ができているのか、一言も童子の酒に言及したことはなかった。
(或いは、酒呑童子そのもののように思っていて、怖かったのか。。。(≡ω≡.))

おっさんは、店にキープしている焼酎の一升瓶を持ち出し、手酌でガンガンと行く。
童子は、ノンアルビールを注文する。不思議と飲酒欲求は起きません。
威勢のよい肴に手をつけながら、おっさんは、機嫌よく酔っ払っていく。
おっさんは童子が飲まないことには気にもとめず、普通の調子で会話が弾む。
童子も引き込まれ、ノンアルビールで盛り上がる。

気がつくと、3時間も話し込んでいた。
当然、2次会などは行かずに店の前で別れました。
童子は、予約していた駅前のホテルに泊り、少し酔ったような気分で結構満足して、
早々にぐっすりと寝入ってしまいました。
昔なら飲み足らず、一人2次会かコンビニ買い足しで必ず深夜までやってましたね。

酒が飲めない(飲まない)ことに神経を尖らせているのは、
本人だけで、他人はさして気にも留めてないもんですねえ。
アルコール依存症の負い目が、そういう風に感じさせているんだろうかな。
もともと下戸な人には、多分、引け目はないのですからねえ。
しかし、酒を飲まなくても、結構付き合いはできるもんだなあ。

などと思いを巡らす一夜でありました。(⌒∇⌒)


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2013年11月04日

27歳くらいの事です。
童子の入社した会社では毎日の当直が当番制になっていました。
マシンのテストで徹夜で仕事をする社員が日々いたので、
管理人では困難な支援を必要とするケースが時折あるからです。
とはいっても、何もなければ通常は仮眠していればすむ業務です。

ある日の夜、童子の当番が回ってきました。
確か、3-4回目の当番です。
慣れてきて、少しくらいなら飲んでもわかりやしない、
と軽い気持ちが芽生えてきました。

7時に、マシンのテストルーム脇の宿直室に入り、
夕食の買出しにと、当時の西梅田近辺の商店街に向かいます。
ハンバーガーを買い、袋の底にワンカップを2本忍ばせました。

宿直室に戻り、ワンカップをちびりちびりと飲り始めましたが、
1時間もたてば空いてしまい、物足りなさが増長してきます。
今日は、徹夜する社員も少なそうだし、もう少し飲んで早く寝るか、
と再び、2-3本買出しに出かけます。
そして、また、その1時間後に、また。。。

覚えているのは、それまでです。

翌朝目覚めると、当直室でなく社員寮の自室でした。
記憶を辿り、同僚の話を聞くと、夜の11時頃に、
童子が宿直室の床に酔いつぶれて倒れているのを、
残業遅く帰ろうとした他の課の上司に発見されて、
強制的に帰らされたそうです。

あいや~('A`|||)またやってしまった。
その日は、二日酔いと後悔の念で寝込み、仕事は休んでしまいました。
しかし、昼過ぎに布団から這い出して、
阪急電車で梅田まで出掛けて、地下の立飲み屋で、
またビールなぞを飲り始めたのでした。

なぜか、梅地下の立飲み屋さんでは、真っ昼間から
飲んでいるサラリーマン風のおっさんを多く目にするのですが、
一体どういう手合の業界なのか、今でも世界の七不思議の一つです。φ(.. )

次の朝、恐る恐る会社に出社すると、
さっそく、上司と課長と部長に別部屋に呼び出され、
こっぴどく論旨されました。(T_T)
入社時からの事件も広く知られていましたから、
「あんたは、酒はアカンのだ!(゚皿゚メ)」と釘を刺されて、
始末書を書かされた上、なんとか放免はされました。

それ以降”会社での”酒に纏わる事件はおこしませんでしたが、
ただ、童子は、この一件が心のしこりとして残り、
なんとなく周りの童子の酒に対する意識も気にかかり、
数年後に退職し別の会社に転職してしまいます。

ただ、仕事中の飲酒は、転職しても止みはしなかったのです。(続く)

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