2013年07月

2013年07月16日

バイクでの事故は以前の記事に書いたが、今回は車での事故である。

流石にバイクでは、大酒を飲めば、ふらついて跨ることも危うくなり、
物理的に、泥酒運転は不可能に近いであろうが、
如何せん、車は座れるので、たちが悪い。(たちが悪いのは、道徳心のない童子なのだが(´・ω・`))

なので、ご多聞に漏れず、若い頃は飲酒運転を何回かやらかしていた。
悪いとは思っているものの、一寸くらいいいや。とか、
まだ酔っ払ってないぞ、という錯覚で、ハンドルを握ったものだ。

ひどい時は、オールドの720ml瓶を片手に運転していた事もある。
(これは今考えれば、もう何の言い訳も立たないレベルですねえ。(; ̄Д ̄))

しかし、こういう悪事はいつの日か、とんでもない大事故になるものだ。

今、心当たりのある御仁は、すぐに止めたまえ!
(と、偉そうに言えた柄ではないが、ほんと失敗するよ。。。)

童子も、車両の飲酒運転で2回事故ってしまったのだ。


一回目は、真冬の滋賀県。

京都の北大路の韓国料理店で、うら若き女性2人と飲食していた。
この時は、ビール位で、それほどは飲んでいない。
それでも童子は、たぶん大瓶2本位。と、焼酎少々?。

店を出ると、夜の帳に小雪がちらほら舞い始めていた。
一人が、「ロマンチックねぇ。ドライブしない。」と、宣ひやがった。
この2人とは、ややこしい関係にあり、あまり気乗りはしなかったが、
夜の琵琶湖を見に行こうという事になった。
(ややこしい関係は、このブログの趣旨ではないので割愛させていただきます。 m(__)m)

雪はちらちらで積もりもせず、路面には全く影響はなかった。(京都市街は。。。)

山科から大津に抜け、琵琶湖の西側に沿って車は北上していた。
知る人ぞ知る、あの雄琴温泉を過ぎて、多少雪の量が増えてきた。
その時、童子は、京都市内と琵琶湖沿いの地域の天候の違いに疎く、
途中から、実は道路が凍結していたのに全く気付いていなかったのだ。

突然、右脇の小道から、前方に白いサニーが割り込んで来た。
危ねえなあ。と、ブレーキを踏む。

とっ。えぇー! Σ(・ω・ノ)ノ 効かない!滑る!瞬間、背筋に寒気が走る。
前方の車の後部がみるみる近づいた。ぶつかる~!w(゚o゚)w

咄嗟に、ハンドルを右に切る。1車線の区域なので、反対車線に出た。
いや、いかん!前方からトラックが来る。正面衝突する~。

止む無く、また左に切り返す。哎呀~!
ドーーン!!!Σ( ̄ロ ̄|||)

見事に追突してしまった。サニーのトランクが半分に歪んだ。
童子の乗っていた、ホンダ1300クーペ(知ってるかな?)のノーズもへしゃげてしまった。
しかし、双方、人身事故は、なんとか免れた。

警察が来るまでには、雪はどんどん増え、景色は白一色になっていた。
後で思えば、雪と寒気(かんき)がアルコール臭を誤魔化してくれたようだ。

警察の事情聴取には、童子はあまり口を開かず、
連れの女性が二人がかりで、警察官に状況を喋ってくれたので、(色仕掛けではありません)
幸いにも、警察には、アルコールはバレなかったのである。(滋賀県警さん。ごめんなさい。 m(__)m)

ただ、スピード出し過ぎ、前方不注意などで、
童子の歩が悪く、数十万の処理費が掛かってしまった。
ま、この時は、この程度でよかった、よかった、のであるが。。。
悪事は必ず報いが巡って来るものです。。。
(次回に続きます。)

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2013年07月11日

昨日、断酒を始めてから、3回目の宴会に出席した。
2回目は、『断酒後2度目の飲み会』の記事で書いたとおりだ。
今回は、料亭での歓迎会である。やはり、仕事の関係者である。

童子は迷わず、ノンアルビールが置いてあるか、店の仲居さんに尋ねる。
やはり、置いてあった。キリンのフリー。
どうやらノンアルビールは、既に市民権を勝ち得たようである。

アルコール依存症者が断酒して飲んでいるのは、需要の数%に過ぎないであろうから、
酒を控えるという生活文化が、日本人にも段々定着してきたのかな。

確かに、最近の会社や仕事がらみの宴会でも、
昔のように、2次会3次会と流れていくような輩も
あまり見受けられなくなったようだ。

童子は、大酒飲みの噂が付き纏ってきたので、
ノンアルコールビールを頼めば、必ず誰かは、「えー。どうしたんですか。」
などと不思議な面持ちで訊ねてくる。

持病で医師から止められている、と答えるようにしている。
念のために、ノックビン(抗酒剤)を朝から服用しているが、
飲酒欲求も起きないので、まあ、まじないのような物になってきた。

他人が、久保田の万寿や越乃寒梅などの名酒を旨そうに飲んでいても、何も感じない。
却って、酒に酔った時の不快感が思い出されて、気持ちすら悪くなる。

5か月前の自分からは考えられない反応であり、極めて落ち着いた精神状態である。
なにやら、無味乾燥なロボットになったような気すらする。
まあ、今までの酒の場の童子からすれば、付き合いが悪くなったなあと、
思われていようが、一向に気にならない。

酒を飲まないことが一種の快感のように感じてきたのは、良い新境地であろう。

止めなければ、今後の人生はない。人生のリベンジのチャンスがゼロになるという
思いが、平静の思考の第一優先を占めるようなったようだ。

本当を云えば、ビールの味を思い出すから、ノンアルも避けた方が良いのだが、
まあ、0.0%だから、そこまでは、シビアにならなくても、
断酒失敗の体験に照らし合わせても、ぶり返す兆しには繋がらない気がしている。

この調子で、宴会も厭わず、酒は飲まず、適当な付き合いで切り抜ける。
もともと酒が飲めなかったんだ、と思えばよい。
ちょっぴり寂しいものがあるけど、仕方がないね。
気楽な断酒で末永く行こうよ!って感じかな。ヾ(=^▽^=)ノ


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2013年07月07日

数年前、初めて自分の意思で心療内科クリニックに行く覚悟を決めた時、
某クリニックの院長先生が貸してくれた一冊の本がある。

今道裕之先生というお医者さんの著書で、『こころをはぐくむ』。
これを次回来るまでに読んでみなさいと勧められた。
もう廃刊になっているかも知れないといわれたが、
紀伊国屋書店で頼んだところ1週間程度で入手できた。

それまでも、元の妻などは、△△ブックスの「アルコール依存症の△△」
などというタイトルの本を何冊も買ってきてくれていた。

ただ、そういったタイトル本は、読み進めば、気違いのような描写や,
虫が這う幻覚などというフレーズが強調されており、
俺はまだまだそんな所までは行ってないぞと、
却って”否認”の認識が強まっていき、結局真面目に最後まで読んだ本はなかった。

だが、この本は違っていた。
読み進むと、1頁1頁、目から鱗が落ちる感じがして、一気に読み終えた。
これは、すごい本だと思った。
現場で依存症者の治癒に専念されてきた実態が滔々と記されています。

まさに、自分の思い当たる節があちらこちらに記述されており、
依存症を少なからずも自覚した最初の書であった。
おそらく、数回は読み直した。ヒットする箇所に付箋をつけ、
思いを新たにしようと、数年前に断酒した際は、常に枕もとに置いていた。

しかし、それも2-3か月。毎度の事で、喉元過ぎればなんとやらで、
そのうちに、飲酒が復帰すると、本も何処やらに押しやられていた。

昨日、本棚の奥から数年ぶりに探しあてて、
じっくりと読み直してみた。

また新たに、断酒の心構えが強固になったのは言うまでもない。
昨日から再び枕もとを飾ってくれている。
自分にフィットする部分は、付箋がそのままになっていたが、
読み返してみても、再認識する箇所ばかりだ。

023
amazonでも扱っているので、バイブルになるか否かは、
本人の心構え次第だと思うが、紹介しておきます。
きっと得るところがあると思います。

AAにもビッグブックという古典はあるが、登場人物がアメリカ人で、
アメリカの社会の昔の出来事で、訳本であるので、日本人にはなじみにくい気がする。
(ちなみに、これもネットで買えるようになっています。私も買いました。)

断っておきますが、童子は東峰書房の回し者でもありません。
AAJSOの回し者でもありません。
念のため。(`・ω・´)


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2013年07月05日

「梅~は咲いたかぁ、桜はまだかいな」などと
所違い季節違いな唄を口づさみつつ、ふらふらとホテルに帰っていった。
ホテルの部屋についた童子は、一風呂浴びた後、
身の支度をしようと思い、荷物の整理を始めた。と、
あれれ~?、財布がないぞ!

そういえば、中華料理店で支払った以降、財布は目にしていない。
大ぶりの財布なのに、何処に置いたか落としたか。
酔っぱらった頭で、部屋を捜せど見つからない。
一度フロントに寄ったから、フロントかも。

フロントに行きマネージャーに話すが、片言英語でよく通じない。
ホテルにない。となると、中華料理屋かホテルまでの街路のいずれかだ。
とにかく見つけないと一大事だ。現金はたいした事はないが、
クレジットカードやらなにやら、一番おおごとはパスポートだ。えらい事だ。
それに買ったばかりのジパンシーの逸品なのだ。

とにかく、ホテルを出て、朧げに覚えている道を捜しながら中華料理屋まで向かう。
中華料理屋はすでに店じまいしかけていたが、財布など見てないと言う。
ほんとかどうか解らないが、身ぶり手ぶりでは話もよく通じない。
しかたなく再び逆コースで、街灯もない暗闇の路上を捜し廻るが暗くてよく見えない

夜は、草叢には近づいてはいけないと現地の人から言われていたのを思い出した。
毒蛇が潜んでいるのだそうだ。

出張先の工場では、期末の棚卸の際に、倉庫の商品在庫の下から、
コブラの死体が2匹も見つかったなどとスタッフが話していた。
また、トイレにコブラが鎌首を持ち上げていたということも。
それに、工場のある場所から近い橋を渡った山奥では人食い虎もでるそうな。
全くもって、物騒なえらい処である。

だもんで、草叢のほうは、怖くて近づけない。
やはり、逆コースの路上にも見当たらない。

しょんぼりと部屋に戻り、思案する。φ(.. )
そうだ、明日一番、日が昇りかけてから再捜索しよう。
日が上がって人通りが出始めたら、現金の入った財布はまず出てこないだろう。
童子は、その夜、まんじりともせず外が白みかけるのを待ち続けた。

薄っすらと、窓の外が白むのを感じた童子は、今だ、とホテルを飛び出す。
まだ人通りはない。
路上に目を凝らしながら中華料理屋までの道のりを捜索する。
見つからない。(´;ω;`)

ガックリと、うな垂れながら引き返す。
もうこうなったら、コブラが出てきても仕方ない。
道端の草叢に近い処も、恐る恐る草を足で踏み分け、目を凝らしてホテルまでの道をゆっくり歩く。
すでに、人通りがちらほら出来かけていた。

あ~~駄目かぁ。諦めかけたその時。
歩道の脇にある排水溝のコンクリートの分厚い蓋のスリットに、何かが挟まっている。
近づいた。好みの色だったアイアンブルーの二折の財布が、ハの字に開いた状態で、
幅5cmほどのスリットの奥底にかろうじて引っ掛かっていたのだ。

その下の溝は結構な水流である。
震動があれば、2メートルくらい下の排水溝に落下してしまい万事急須だ。
忍び足でそろりそろり近づいて、ハの字の下から近くに落ちていた枝を差し入れ
ゆっくりゆっくり持ち上げた。財布の背がスリットから覗いたときに、
えいやっと手で掴んだ。

やったーぁ!奇跡だ。神様。アラーの神に感謝!
(このような時だけは、神という言葉も嫌いな童子も一瞬に人格が変わる(*゚▽゚*))

何度となく酔っ払って物を亡くしてきた童子だが、
諦めかけた貴重な物が出てきた時の喜びはひとしおである。
幾程この感激を経験してきたことか。

だったら飲まなきゃいいのにねぇ~ (´・ω・`)
アホな奴。。。(T_T)


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2013年07月02日

マレーシア クランタン州コタバル市。
クアラルンプールから、ジャングルの上を1時間ばかり飛ぶ。
旧日本軍によるマレー半島上陸作戦の舞台である。

そんな所に、以前勤務した会社の工場があった。
マレー人が大半でイスラム教の戒律が厳しい土地柄で、
基本的に飲酒と姦通は御法度である、と行く前から聞いていたが
ん~な事はないだろうと鷹をくくっていた。

現地日本人社員からの要請で、日本の免税店でウイスキーを土産に買いこむ。

確か、木曜日に着いた。木曜・金曜は、現地会社の接待夕食で、
持ち込んだウイスキーは見る間に空になってしまった。
現地日本人は、当地では、ウイスキーは貴重品なんだと話していた。
酒を抱えて来る日本からの出張者は、現地の酒呑みから見れば、女神の到来だそうだ。

土曜日になり、午前中は工場の視察で午後からはオフである。
ホテルに戻ったが、ビールも何も飲めないのだ。
依存症の童子は、到着早々に調べたのだが、冷蔵庫にはアルコール類は一切入っていなかった。
当然、ミニバーなどという洒落たものも見当たらない。

コタバルの(十数年前当時)唯一のインターナショナルホテルだと聞いていたが、
フロントに聞いても、バ―もない。レストランにもアルコールは置いていないと言う。

現地スタッフには、面倒くさいから、夜は適当に済ませるよ、と云って、
午後3時くらいから、同僚二人で、散策と食事にでかける。
ローカルのデパートや土産物店などを、うろうろと見て回る。

やたら暑く、歩き疲れてきた。ビールが飲みたい。酒が飲みたい。
同僚を誘い、街中を探索する。同僚は依存症ではないが飲む方である。
童子は、ガス欠で、とにかくアルコール補給しないと持ちそうにない。

夕暮れが近くなった街のレストランを捜す。
日本人が入れそうなレストランを覗いては、酒が置いてないかを確認する。
もしくは、窓越しに店内を覗き見て、アルコールなんぞを飲んでいる客がいないかチェックする。
およそ1km四方程度のそう広くもない中心街の隅々まで、隈なく探し続けた。
1時間以上は歩いたが、見つからない。皆無だ。同僚はめげそうになるが、童子は納まりが効かない。

それでも童子は諦めず、市内から外れてローカルの汚い路地にも足を踏み入れる。
絶対ある。酒がない所などない。という信念のもとに探す。アル中患者の執念である。
更に30分も歩き、流石に「ダメか。。。(´;ω;`)」と挫けそうになったとき、
路地裏に薄汚いローカルの中華料理屋が目に入った。

ドアのない開けっぴろげの掘っ立て小屋の薄暗い奥の方で、
中国人の客と思しき連中が声高に飲食している。
なんとビールらしき飲料も呷っているではないか。
ヤッター!!!探し回った甲斐があった。v( ̄∇ ̄)v

あまりの汚さに、店に入るのを躊躇する同僚の肩を押しながら、
食い零しもろくろく掃除してない油まみれのテーブルに着く。
カブトムシを思わせる程の恐ろしく巨大なゴキブリが店内をうろついており、
時たまブンブンと羽ばたいて飛んでゆく。
テーブルの端はと見れば、チョロチョロとヤモリが顔を覗かす。お相伴を狙っているのだろう。
しかし、そんな不衛生極まりない店でも、酒が飲めるとなれば、まったくお構いなしの童子であった。

薄汚れたメニューの漢字で推測しつつ、他の客の食っている品を指差して注文する。
早速ビールで乾杯である。暑い中を歩き回り乾ききった喉に至福の恵みであった。
料理は7品以上も頼んだ。汚い店だが、どれも旨い。
ビールも大瓶で9本は飲んだ。
一時は諦めかけていたものだから、いやー、最高の料理とビールであった。

鱈腹食って、お勘定を頼むと、持ってきたレシートには、
なんと20リンギット程度、当時の日本円換算で800円もしない。
レシートの数字を同僚に見られないようにして、
「よっしゃー。ここは俺が奢っておこう。
 クアラルンプールについたら、今度は君が頼むね。
 あー食った、飲んだ」
(なんと、ずるいやっちゃ(≡ω≡.) )
とご機嫌で日の落ちた街をホテルに向かうのであった。

しかしこの話には、とんでもない続きがあるのだ。(次回ご期待)


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