2013年07月

2013年07月31日

仕事の関係で海外へ出張する機会はそこそこ多かったのだが、
道中、同僚が伴う場合は、流石に酒は多少なりとも控えていた。
ただし、一人旅となれば、しかも到着当日の仕事がないとくれば、
自宅を出た直後から720mlの焼酎を入手していた。
はるかの中でちびちびと始まり、大体が搭乗時には須らく出来上がっている。

さらに、機内で浅ましくもタダ酒をオーダーし続けるので、一層酔いは進む。
気圧のせいか、更に回りが早くなるようだ。
概ね、現地に到着した頃には、完璧にベロンベロン状態で、
イミグレをどうくぐり抜けたかも覚えてない事も晩年(( ・Д・)?)は多くなった。

そういう状態でタクシーを捜すことになる。
現地の会社から出迎えの申し出があっても、初回以外は丁重に断っていた。
飲み過ぎの状態が会社に伝わるのを気遣っていたのだ。
それに、自らの行先を拙い数個の現地語で並び立てれば、おおよそ目的地には着く。
もしくは、住所を書いた紙きれを示せば事足りる。酒も入り、度胸も坐っている。


しかし、そうは行かない時が、時たまあるから大変だ。

一番やばかったのは、上海浦東空港の一件であった。
夕刻の到着で、タクシー乗り場がえらく混雑していて、
1時間以上は掛かりそうな気配の待ち行列であった。

タクシーを待つか、バスにするか、はたまたリニアにするか思案していた時、
人の良さそうなおっちゃんに声を掛けられた。
片言の日本語である。酔いが、危険度の認識を薄らいでくれる。
白タクであるのは解っていたが、すっかり、おっちゃんの風貌に安心してしまった。

タクシー乗り場から少し離れた駐車場に向かい車に乗る。
「ホンチャオルー・ホンメイルー・スーボーダージューデン(虹橋路・虹梅路・世博大酒店)」
と一つ覚えの行き先を告げる。

車が進んだところで、ターミナルの出口でなぜか、一旦停車した。
その時である。建物の物陰から一人の男が突然乗り込んで来た。
眼つきの鋭い見るからに胡散臭さそうな男である。

何かヤバそうな気配は感じたが、運転手の友人かなと勝手に解釈して、
酔っ払っているので、まあ多少の事は気にしない。
しばらくは何時もの見慣れたルートである。疲れと酔いでウトウトしてしまった。

しかし、暫くして目を覚ませば、車窓を流れる景色に見覚えがないではないか。
おかしいなあ。行き場所がわかってんのかな。

再び住所を確認する。「好的―」
しかし、景色は全く心当たりのない風景に変わっていく。どうも、やっぱり何かおかしい。
やっぱりヤバいんとちゃうか。('д` ;)
知人から聞いたことのある、白タクでの監禁強奪事件が脳裏によぎる。

身の危険を次第に感じ始めてくる。
小柄な二人だから、先手を取って暴れれば童子に歩があるかなあ。
でも、凶器でも持ってるとやばいなあ。などと考え始める。
やっぱり、タクシーを降りて、乗り換えるほうがいいな。

人気のある交差点に近づいたのを見計らって、
「ティンチョ(停車)」と下手な中国語で告げる。
運転手も助手席の男も、黙ったまま、車を止めようとはしない。
再度、止まるよういっても、何か言い訳して止まらない。

数回、同じ問答を繰り返したが拉致があかない。
ドアもロックされているようだ。これはおかしい。やはりイカン!。(*`Д')
遂に、車の中で運転席を蹴り上げた。まだ止まらない。
日本語で、ありたけの罵声を上げて怒鳴った。
同時に運転席に蹴りを入れ続けた。━━━(#゚Д゚)=○)`Д)、;'.・━━━ルァ!!

あまりの暴れぶりに躊躇したのか、5分後くらいに、やっと、路肩で停車した。
運転手は訳のわからない言葉を捲し立てていたが、
百元札2枚叩きつけて、ドアを空けさせ外に逃れた。

幸い目的地までそう遠くはなかった。
今思えば、本当は、少し違う道を通っただけで、実は何でも無かったのかも知れない。
言葉が満足に通じないための誤解が招いた結果だけだったのかも知れない。
でも、運転手以外の男が同乗する事自体、やはり怪しい。

それ以降、いくら酔っ払っても二度と白タクは利用していない。
(タクシーだからといっても、油断はできないが。)
金で済むことなら何とかなるが、やっぱり命あっての物種である。

見知らぬ地での大酒は慎みましょう。(と、今だから偉そうに云える(・◇・)ゞ)



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2013年07月27日

断酒して、明日で150日となる。

最長不倒記録は8ヶ月であるが、これは、以前の記事”断酒8ヶ月目での失敗”
で書いたように、自分の飲酒欲求による飲酒でないとはいえ、
数回は付き合い程度のビールを摂取しているから、8ヶ月は公式記録とは云えない。
(童子一人で、公式も正式もあったもんではないのだが。。。(´・ω・`))

ということなので、大学に入り飲酒癖が憑いてこのかた、
摂取アルコール零である正真正銘の断酒150日は、まさに、公式承認記録なのである。

ブログも、断酒後まもなく開始したので、5ヶ月近く書いてきたことになる。
あまり他人のブログをコメントする方ではないが、断酒とアルコール依存症の村はほぼ毎日覗いている。

新着記事のなかで、インパクトのあるタイトルの記事。
童子にコメントを頂いている方のブログ。
新着ブログで、やけに飛ばされているもの。
などなど、ずっと読ませていただき、感慨や共感を得てきた。

ただ、この5ヶ月のあいだでも、ブログの消滅や浮沈はたくさん見てきた。
断酒数年の上位ランクの方の突然のサイト消滅。
ランキング1位の方の断酒失敗での宣言後のサイト消滅。
新着で、グングンとランキングを伸ばして来た方の突然のサイト消滅。
消滅はしていないが、新着で注目していた方の数記事での停止。
などなど。

その度に、幾許かの衝撃を受ける。この人に何が起こったのだろうと想いを馳せる。

断酒が数年に及び、完解して、もうブログの必要性が希薄になった方々。
こういう人の割合は、そうは多くないように感じる。

ブログを始めたものの、禁酒できなくて、ブログを放棄された方。
自分でその事情を書かれている方の割合も、少ないように感じる。

断酒継続しているが、ブログを書くこと自体に疲れた方。
(童子もときどき、この部類に入りそうなのを、何とか歯を喰いしばっている。(`・ω・´))

などなど、色々なパターンがあると思うが、
頻繁に立ち寄っていたブログサイトの突然の消滅は、やはり微かなショックであり、
小さな童子の心にも、チクリとした痛みを伴わせてくれるのである。(ρ゚∩゚) グスン

ブログをずっと続けていただくのを、お願いしたいところなのだが、
個人個人の諸般の事情がおありになり、到仕方がないのであろう。
でも、一抹の寂しさを感じてしまうのは、童子だけではないだろう。

ただ、ブログを継続的に書くのは、それ相応の負荷が掛かるのも事実であり、
何をやっても三日坊主の童子が、よくもここまで続けてこられたなあ。と、不思議に思う。

童子の場合も、今現在は、ブログを止めたら酒が復活するという構図にはなっていないようだが、
酒の悪魔はいつ何時降臨してくるか解らない。
念仏を唱える代わりにブログを書くことが、サタンやデビルへの結界を張る事になるような気がする。

一旦の目標である1年半までは、とにかく細々であっても記して行こう。
と思いを新たにする土曜日早朝の童子でした。(*゚▽゚*)

今日は朝から1ヶ月ぶりのメンタルクリニックに行って参りま~す。(⌒-⌒)


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2013年07月24日

断酒中の身にとっては、HALTの状態を回避することが重要なのだが、
Tiredness(疲れ)だけは、如何ともしがたい。

本日も仕事の出張で、くたくたになってホテルに辿り着く道すがら、
こんな時に一杯ひっかければ、身も心も楽なのになあという感覚が芽生えて来る。( ・Д・)

強烈な飲酒欲求ではないが、ああ、ここで飲めたら、ほっこりするのになあ~、
という感覚だけはどうしようもない。
やはり長年染みついた習慣は、そう簡単には拭い去ることはできない。

ノンアルコールビールあたりで、微かな欲求を誤魔化さざるを得ない。
まあ、代用品で事足りるうちは良いだろうが。

それに、まだまだ煙草が代用品の一つにもなっており、
断酒に続いて、禁煙も実施したいのだが、
まあ断酒が一区切りするまではよしとするか。

まずは、目標1年半のマイルストーンとして、半年をクリアしよう。
来週で150日、あと1ヶ月少々でいよいよ半年となるぞ!v( ̄∇ ̄)v

しかしながら,断酒というストイックな生活も、最近はむしろ心地よさをも醸し出されてくるのだ。
ふと脳裏をよぎる飲酒欲求よりも、大酒を喰らっていた時分の状態がおぞましく思いだされ、
よくあんな病的な飲酒の状態になっていたなあ、と不思議な感覚すらある。

本当に思い出すだけで飲酒の不快感が込み上げてくる、という
信じられないくらい健全な生活になったものだ。
これも、断酒ブログをコツコツと、したためて来た成果であるのかな。

この調子で、アルコールに汚染された体中の60兆個の細胞が、
新陳代謝により全て新生した細胞と入れ替わった時に、
本当の無垢な体と新しい人生を迎えるのだろうと、勝手に解釈しておこう。(⌒-⌒)

しかし、ネットで調べると、脳細胞だけは基本的に生まれ変わらないものらしい。げっ!(゚Д゚≡゚д゚)!



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2013年07月21日

40頃まで大酒飲みだった父の友人に、”よっちゃんのおじさん”と呼んでた人がいた。
いつも酔っ払ってるから、酔(よ)ちゃんだったのか、名前だったのか定かではない。
童子が中学生だった時分で、よく親父と酒を飲んでいたのを記憶している。

ただ、よっちゃんのおじさんは、今思えば、完璧なアルコール依存症であったのだ。
何時も、童子の家に来るときは酔っ払っていた。よく、一升瓶を提げて訪ねてきていたが、
童子と妹にいつもお土産をくれる優しいおじさんでもあった。

しかし、段々と酒が増えていったのか、あまりに酔っ払いの度合いが酷すぎる事が多くなり、
親父もたまりかねて意見をし、避けるようになっていた。

そんな事もあって、しばらく、よっちゃんのおじさんの足は童子の家から遠のいていた。

ある日、凄い雷雨の日があった。
好奇心旺盛な童子はワクワクしながら稲妻が走る光景を見ていた。
突然、バリバリと天をも裂くような音響がし、近くに閃光が走った。Σ(=゚ω゚=;)
同時にドーンと音がし、見れば、自宅から2-30m離れたところにある電柱のトランスが
真っ黒に変色し、火を噴いて黒煙が上がっていた記憶がある。


その数日後、久しぶりによっちゃんのおじさんが訪れてきた。
いつものように酔っ払っている気配である。
家は童子一人で留守番していたのだが、一応応対はしておこうと玄関に出た。

「親父は、まだ帰ってないよ。」と言えば、

よっちゃんは、なんと深々と頭を下げて、

「先日は、大変申し訳けございませんでした。」と言うではないか。

「えっ?」

「いや~、このあいだは誤って雷を落としてしまい、まことに済まぬことをしてしまった。」

「はあ?」(゚Д゚≡゚д゚)?

「おとうさんに宜しく云っといてください。」

と帰って行った。

親父が帰って来て事情を話した。後で隣のおばちゃんが来てわかったのだが、
童子の家だけでなく、隣近所にも各家に落雷を謝って回っていたらしい。

その後も、大きな台風が来て多少の被害があったときも、
よっちゃんのおじさんは謝りに来た。
同じように、自分が台風を引き起こし被害を与えたと思ってたようだ。

2-3年後に、よっちゃんのおじさんは亡くなった。
親父が葬儀から帰って来て、肝臓の病気だと言っていたから、肝硬変だったのだろう。

気の優しいおじさんだったが、アルコール依存症のなれの果てだったのだなあと、
ふと幼少の時代の記憶が思い出されたのである。

童子も長年の飲酒により脳萎縮は間違いないので、痴呆の進行を防ぐためにも、
文筆をしたため続ける必要がありそうだなあ。( -д-)ノ


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2013年07月18日

何時も飲んでいると、飲酒運転にも疎くなってくるものである。

自動車免許の講習でも教えてもらったような記憶があるが、
ハインリッヒの法則というものがある。
一つの重大な事故の裏には29の軽微な事故があり、
さらにその裏には300のヒヤリとする危険な予兆があるという経験則である。

童子の場合、300回ヒヤリとせずとも、30回程度で大事故はやって来た。


小雨の降り出してきた午後9時過ぎである。
気心の知れた友人と二人で、童子のアパートで夕刻から酒を酌み交わしていた。
ウイスキーのストレートで、かなり回ってきた頃、もう一人の酒飲み友達から電話が入った。
「東山三条におるけど、傘ないから、迎えにきてくれへんかぁ。」

当時、童子は京都の下鴨本通北大路の近くに住んでいた。
友人のいる場所までは、車で20分やそこらだろう。
相当酒が回っていた筈だが、飲酒運転慣れしていた童子は、友人思い(*'-'*)なので、
「よっしゃ、わかった。待ってろ。」と駐車場に車を取りに行った。

一緒にいた友人も、何時も飲んでいる童子の運転は慣れているので、同乗し発進した。
北大路から、高野を右折し、東大路を下る。
酔ってても、自分自身はそう酔ってないと錯覚しているから、スピードも落としていない。
「小ぬか雨ふる・・・」.。゚+.(・∀・)゚+.゚ 欧陽菲菲の唄も出てきて絶好調だ。

叡電元田中の交差あたりに差し掛かった。
当時はまだ市電があり、線路が道路の中央を走っていた。
前方のとろい運転の軽自動車を追い抜こうとして、
丁度しっとりと濡れていた鋼鉄のレールを、迂闊にも斜めに跨いでしまった。
びっくりする位のスリップでハンドルを取られ、その瞬間、物凄い衝撃を感じた。

どうなったのか理解できなかった。

気がつけば、反対車線の歩道に横たわっていた。
童子の口元からは、凄い勢いで血が噴き出しているようだ。
若い女性が覗き込んで、「大丈夫ですか。大丈夫ですか。」と声を掛けてくれていた。

通行人が大破した車からを童子を引きずり出して、
歩道に横たわらせてくれたらしい。

車はと見れば同じく反対車線の歩道に乗り上げて助手席側を大破していた。
その近くにボンネットが潰れたタクシーがあり、脇に運転手らしき人が横たわっていた。

同乗していた友人が見当たらない。どうやら、
助手席のドアが潰れて社内に取り残されているようだった。

えらい事になったなあと、酔った脳味噌にもぼんやりとした不安が浮かんできたが、
近づいてくる救急車のサイレンを耳にした途端、急速に意識が薄らいでいった。

次に目覚めたのは、救急病院であった。

友人は同じ病院でベットに横たわっていたが、
対向車がドアに衝突し、気の毒に肋骨を骨折し唸っていた。
対向車のタクシーの運転手も、大怪我で別の病院に搬送されたと病院関係者から聞いた。
張本人の童子は、ハンドルに顎をぶつけ、歯で口唇を大きく切って出血は凄かったが、
前歯も折れず、少しぐらぐらする程度で済んだのだ。(実に悪運が強いのだ。(*゚▽゚*))

警察官が病院に来ており、応急措置が済んで意識が戻った童子に事情聴取を始める。
当然、酒の匂いがするから、どの位飲んだか聞かれる。
「いや、ビールを少し。」
「ふーん。その匂いではその程度ではないでしょう?それでは通路の白線を歩いて下さい。」
頭はふらふらだったが、歯を食い絞って平静を装い、
サーカスの綱渡師のように上手に歩いて見せた。9点9。やった~。(´▽`)

と思ったが、流石にアルコールの呼気測定器は誤魔化せず、
泥酔レベルの数値(記憶では、0.6mg)が検出され万事急須。

怪我をしていたので一晩病院で過ごし、監獄にぶち込まれることは免れる。
翌朝、川端警察署に出頭させられ、再度事情聴取というよりは尋問で、
やくざまがいの刑事風の脅し調子で、机をバンバン叩かれての調書だったが、
酒が抜けておらず、小心者ではなく肝が据わった受け答えをする童子であった。(自慢にもならん!(≡ω≡.))

なんとか放免されて、タクシーの運転手にも何度も見舞いにゆき、(3週間くらいの入院となった。)
誠意を示した甲斐があったのか、示談で納まり、幸い略式裁判で済んだ。(今は、そう甘く済まんだろう。)
ただ、双方の車は廃車。保険未加入で、タクシー会社に100万円、裁判所に25万円位の大金が必要となった。

酒呑童子は金子(きんす)あらば飲んでたので貯えはなく、この金をすべて友人知人からの借金で算段した。
前回の事故で、親に頭を下げて50万円ほど融通してもらっていたので、今回は話せなかったのである。
それでもなんとか、2年がかりで払い終えたのである。(30年以上前の金額ですぞ。)

当然免許取消処分で、再度飲酒運転の可能性は自分でも危ういと解っていたので、
それ以来、酒は飲んでも車の運転だけはしていない。

なんだかんだで、酒が原因で一体どれだけの金を失ってきたであろうか。考える気もしない。


でも、断酒1年半を乗り越えられたら、再度、免許取得しようかなあ。( ̄ー ̄)ニヤリッ


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