2013年05月

2013年05月30日

先日の新聞に、断酒補助剤なるものの記事が掲載されていた。

要点を引用すると、

 ・日本の製薬会社が、厚生労働省から製造・販売の承認を受け、
    国内初のアルコール依存症患者向け断酒補助剤の発売を開始した。
     (欧州で80年代から同種の薬品は販売されているが、国内は未承認だった。)

 
 ・新薬はアルコール依存症患者に見られる中枢神経系の興奮状態を抑制し、
    飲酒欲求を抑える働きがある。
     (臨床試験では、新薬を服用しない人と比べて、半年間で10%程度、
   断酒が続く人の割合が増えたという。)

 ・医師の診断を受けた患者がカウンセリングや
    自助グループへの参加などと併用することで断酒の継続を促す。

 ・アルコール依存症で医師の治療を受けている患者は国内で約4万人とされる。
    従来、体内のアルコール分解を抑制し、少量の酒でも悪酔いに似た症状を起こす薬が知られているが、
    治療効果は限定的だった。

ということらしい。

まだ、10%の程度の効果かあ~。淋しいなあ~。(ノД`)

今後の医学の発達に期待しよう。。。では、間に合わないし。

やっぱり、現段階では、断酒するという強固な意思を、なんとしてでも持続させなければ、
生き残る術はない。という事だなあ。


それよりも、この記事を読んでいて、日本の医学の業界やお上は、
アルコール依存症という病気に対しては、すこぶる疎い様子が感じられ、
アルコールの害悪の知見には程遠いのではなかろうか。
と思ったりもしてくる。

まあ、飲んで病気になる方が悪いと云われれば、その通りだが、
それでは、済まんでしょう。(#`皿´) あんた!

煙草では、taspoという煩わしいものを導入してくれましたが、
どの程度の社会的効果があったのか甚だ疑問である。
自動販売機関連企業などが一時的に潤った程度ではなかろうか。

そもそも、酒で身上潰した人は数限りなくいらっしゃると思うが、
煙草の吸い過ぎで、会社を首になったり、家族と離反したり、
事件を起こして逮捕されたなどということが、人類の歴史上一度でもあったであろうか。

などと、論法がすこしオカシイとは思いつつも、
ブツブツと、本日は、幾分ご機嫌ななめの童子でした。(≡ω≡.)


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2013年05月28日

本日で、断酒後90日。ようやく3ケ月を乗り切れそうだ。
このブログを書き続けたことが、依存症の自覚を風化させないことに繋がっている。
また、ブログは匿名とは云え、日本中(いや世界中)にアピールしている以上、
失敗してはならないという自負も意地も生じてくるものだ。

さらに、励ましの多くのコメントが、その思いを裏打ちしてくれる。
そして、断酒禁酒ブログの、他の多くのメンバーの記事を読んでは、
頑張っている人々の努力に共感して、力づけられている。

まさに、ネットを媒体とした依存症の自助処方の新しい形態であろう。
(一昨日書いたブログ記事の、しょうもないメンタルクリニックの
 旧態依然のお医者さんにも、今度行ったら、教えたろか。。。(`ε´))


本日も、出張中のホテルで記事をしたためているが、
従来ならば、間違いなく部屋につくやいなや、
ワンカップの3本もひっかけ、力水の勢いを借りて、
「さあて一丁出かけるか」と、夜の街に消えていた時間である。

酒を飲まないから平日は夜の時間が長い。
土日も朝から飲んだくれることもなくなり、24時間がたっぷりある。
そして、思いのほか、金銭的にも、ゆとりが生まれて来ている。
当たり前だが、酒代が全くかからない。飲み屋にも行かないからね。

思い起こすに、趣味の乏しいというより皆無にちかいアル症者の
唯一の金を使う術は、アルコールしか思い及ばなかった日々。
自分の自由となった資金の”酒エンゲル係数”は、100%にも迫っていたであろう。


これからは、数十年間の失われた時と、あわよくば資産をも(*゚▽゚*)、
取り戻すための作業を着実にこなし、人生のリベンジに励む日々を粛々と過ごそう。

などと、真摯な思いを昂らせる酒呑童子でありました。(・∀・)


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2013年05月26日

連休中のクリニック側の都合や、童子の法要の帰省などで、
間が空いてしまい、1ヶ月ぶりの通院である。
本日から、土曜日の担当医師が院長先生でなく、他の担当医師に交替する。
院長先生は、おとなしくて、寡黙で、ほとんど会話がないような状態だったため、
どの医師でも、院長よりは、きちんと指導いただけるであろうなあと期待していた。

予約の時間は10時。予約票には10分前にはお越しくださいと書いてあるので、
律儀な童子は遅れまいと頑張って、電車の間隔の関係で25分前には着いてしまうのだ。
たまには、予定より早く呼ばれることもあるが、本日も長い。
ようやく20分過ぎての呼び出しだ。

以前の記事にも書いたが、一昔なら、受付に「まだかのう~。はようしてや~」
とかなんとかクレームの一つもほざいていたはずだが、
断酒してからは、ほんとに、こういう下衆な言動が消滅した。
えらく落ち着いてきたのだ。イライラする事が極めて少なくなった。
断酒により、人格まで立派になってきているのであろうか。(*´∇`*)

確かに、飲酒状態が続いている時期は、四六時中が二日酔い状態であり、
何かに引っかかると、過剰に反応し、暴言がでてしまったり、
概ね、人間関係にもヒビをきたすような結果となることが多かった。
もしくは、やたらハイになって不気味悪がらせるかのどちらかである。

とにかく、最近の心身は安定している。

時間を大分過ぎた医師自身のコールに、(看護婦さんなどは居ないのである。)
不満のかけらもないトーンで、「ハイ!」と小学生のように明るく応え、診察室へ。
「おはようございます」とすかさず、さらに明るい声で挨拶する。
「初めまして。今週から担当の○○です。よろしくお願いします。」
なかなか、頭が低いやっちゃなあ。よしよし。

「どうですか、最近の調子は。」
「うーん。3ヶ月近く断酒できてます。大分、安定してますね。薬もあまり使っていないし。」
「お酒を飲みたいという気持ちはどうですか。」
「飲酒欲求もあまりなく、まあ、時たまはありますけど、
 出張が月2-3回あるので、その時は念のため薬飲んでます。」
「環境が変わると、バランスが崩れることがあるからね。
 で、どうします?」
「はあ~?」( ・Д・)

「また、1ヵ月後にきますか?」
「はあ。」
「では、6月22日ということで。薬はどうします。」
「相当たまってますんで、今回はもういいんじゃないかと。。。」
「わかりました。じゃ、お大事に。」
「ありがとうございました。失礼します。」

これが、医師と童子の会話の一部始終である。
ボイスレコーダーがなくとも記憶できる程度のフレーズしかない。

前の先生とほとんど変わらんジャン。
こんなんで、クリニックに行っても意味あるのかな、と疑問に思う。
往復交通費(300円程度)と、診察料(今日は1200円)のみだが、
それより、往復2時間と待ち時間で半日潰れる時間が惜しい。

まあ、もう少し様子を見よう。
前にも書いたかもしれないが、病院に定期的に行って、
アルコール依存症であるという意識を風化させない事が、
意味があるんだろうなあ。

と、しかたなく納得する酒呑童子でした。(´・ω・`)


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2013年05月24日


酒呑童子は、AAでは優等生ではなく、最後は脱落した身なので、AAについては偉そうには言えない。
ミーティングに参加し衆前で自分の過去や思いを述べることに、却ってストレスを感じた人間である。
しかし、会で頂いたハンドブックは、今でも大切に保管している。
自分の過去の状態にぴったり符合し、参考になったものもたくさんある。

一番ヒントになったのは、AAのハンドブックの”回復の12のステップ”
というアルコール依存症回復に対するガイドである。
昨夜、ハンドブックを読み直し、現在の自己の状況と考えとを照らし合わせて見た。


①”私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた。”

 →これは、『断酒8ヶ月目の失敗』で書いたように、今は完全に依存症と認知している。


②”自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった”。

 →健康な心に戻るのは、他力本願でなく、基本は自分自身の力しかないと思っている。


③”私たちの意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をした。”

 →何度もブログに書いてきたように、童子は「神」という言葉が嫌いなんだなあ~。
  従って、意志と生き方は、他に委ねず、自分自身で切り開いていくことに拘っている。


④”恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行ない、それを表に作った。”

 →今、ブログに失敗経験を書き連ねて、棚卸作業を行っている最中だ。


⑤”神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認めた。”

 →なぜ依存症になったのか。酒という物質的要因以外に精神的要因も作用していると感じている。
  その根源的本質を見い出し根を断つことが、寛解に辿り着く鍵だと思っている。


⑥”こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った。”

 →まだまだその域には遠い。(また、神という言葉が出てきた。取り除くのは自分である。)


⑦”私たちの短所を取り除いて下さいと、謙虚に神に求めた。”

 →また神。取り除いて下さいではなく、取り除く意思が必要と思う。


⑧”私たちが傷つけたすべての人の表を作り、その人たち全員に進んで埋め合わせをしようとする気持ちになった。”

 →棚卸作業の中で、懺悔を繰り返そう。
  全員には埋め合わせはできないが、まだ周囲に繋がっている人々には良い関係の回復に努めよう。


⑨”その人たちやほかの人を傷つけない限り、機会あるたびに、その人たちに直接埋め合わせをした。”

 →出来得る限り行います。


⑩”自分自身の棚卸しを続け、間違ったときは直ちにそれを認めた。”

 →棚卸が、やはり重要であると感じている。AAには参加しないが、ブログをツールにして続けよう。


⑪”祈りと黙想を通して、自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め、
  神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた。”

 →ちょっと、ついていけません。(童子は、何度も言うが「神」という言葉が嫌いなのである。)

 
⑫”これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、このメッセージをアルコホーリクに伝え、
  そして私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力した。”

 →今は自分のことで、精一杯です。すんません。


最初にAAを訪れた時に、まっ先に感じた違和感は、
神という言葉から醸し出される一種の西欧の宗教臭さであった。
(宗教云々についての是非とか考えを、ここで申し上げるつもりなどは毛頭ない。)

ただ、この12のステップは、アルコール依存症で苦悶しながらも回復の道を進んで行った先達の
思いやノウハウが凝縮しているように感じる。
人それぞれ状況や生い立ちが異なり、価値観も違うため、万人共通のバイブルなどありえないが、
酒呑童子は、「神」という言葉を、自分の中に存在すると信じる「良心」に読み替えてヒントにしている。

童子は冒頭で述べたように、AAでは欠席も多い劣等生であったため、
極めて不勉強で、12のステップの真意を的確に理解できているとは言い難い。
AAの方々には釈迦に説法であろうが、初めて耳にする方々は、
次のキーワードで検索されると、漫画でわかりやすく説明されています。

”AAの12のステップ 漫画風”

今回は、真面目な(?)レポートでした。(´・ω・`)


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2013年05月22日

酔っぱらい事故シリーズの完結編である。
と言いたい所だが、5回程度のレベルでは、なかなか収まりそうもないのである。
(続、続々、続々々、続々々々、続々々々々、と、どこまで続くやら。)

10年くらい前の丁度今時分のこと。その日も遅くまで自宅で飲んでいた。
家の酒が底を尽いて、「どっこらしょ、麓の酒屋まで買い足しに行くか」、
とフラフラしながら、愛車(ママちゃり)に跨り、
よせばいいのに、颯爽と五月の風を切って下り坂を突っ走る。

坂の途中で無灯火であることに気付いた。
普段なら無灯火など気にも掛けないのだが、
実は、酒屋に行くまでに交番の前を通過する必要があるのだ。
当時住んでいた京都の田舎では、そうそう事件が頻繁に発生するわけでもなく、
よく交番前で手持無沙汰に突っ立っているおまわりさんがいたのである。

以前に同じようなシチュエーションで、おまわりさんに無灯火を咎められたことがある。
また、同じ御仁にひっかかるとまずいなあ~。しゃあない、電灯を点けるか。
と、一旦止まって、手でライトのダイナモのレバーを下せばよいものを、
横着して、走行しながら、サンダル履きの爪先でレバーを下そうとした。

酔っぱらってるから、なかなかうまくいかない。
何度かトライしていると、急にガクッと大きなショックを受けると同時に、体が宙に浮いた。
何が起こったのか一瞬わからなかった。
なんと、爪先が前輪のスポークに挟まって、前輪だけ急ブレーキを掛けた格好で、
自転車もろとも一回転していたのだった。

酔っているから(いなくても)、高校時代に多少練習した柔道の受身を
思い出して体勢を整えるには、あまりにも瞬時過ぎる出来事だった。
背中から腰にかけて、いやというほどコンクリートの道路に打ちつけた。
かろうじて、後頭部の致命的ダメージだけは免れた。少し間違えれば危ないところであった。

酔ってはいても結構激痛が走ったが、なんとか立ち上がり、
曲ったハンドルを直しながら、自転車を引きずって交番の前を通過した。
「いってー! あんたが何時も見張ってるから、こんな事になったじゃないか!」
とは言えなかったが、おまわりさんを睨みつけながら(ウソッ)、足早に鎮痛剤を求め酒屋に向かった。


次の夜、風呂に入ろうとしていたら、当時の妻が、
「あんた、その腹はどうしたん!」という。
「なんだ~」と体を見れば、右脇腹が瘤のように異様に腫れあがっている。
テニスボールを半分に切った位はあった。尋常ではない。これは、かなりやばそうだ。

次の朝、早速、病院へ検査を受けに行く。
2時間近くも待たされて、ようやく10分そこらの診察を受けた。
大事には至ってないようだが、脇腹を打撲して炎症を起こし水が溜まっていた。
水を抜いてもらい、化膿防止の薬を処方されて、
「風呂につからないこと。アルコールはしばらく控えること。2、3日様子を見ます。」
と言われ帰宅する。

さすがに次の診察までは、仕方なくビールをちびちび舐めるように過ごした。
数日後の朝、再び診察に向う途上、遂に禁酒の欲求不満が炸裂し、
「どうせ待ち時間も長いし、1杯くらい大丈夫だろう。」とたかをくくり、
近くの酒屋でワンカップを飲ってしまった。

ところが、その日は思いのほか待たされず、診察が終わった。
診察室から出ようとした時、医師が机から顔を上げ、
「酒呑童子さん。お酒を飲んでませんか。朝からはだめですよ。」
と、言いにくそうに注意された。

「ばれたか。」と、さすがに格好悪く、一瞬赤面するが、
次の瞬間、「じゃかましいわい。朝から飲もうが飲むまいが、勝手じゃろうが。」
と声に出さず呟き、帰路は再び酒屋に向かうのであった。


当時の記憶を思い出しながらブログを書いていて、
我ながら、呆れ返るくらい恥ずかしく酷い過去だったなあ、
と自省の念に駆られる日々である。

やっぱり、ここらで、真人間にならなアカン!v( ̄∇ ̄)v



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