2013年04月

2013年04月30日

断酒してから本日で60日を超えた。
今回の断酒中の精神的、肉体的な品質からして、近年稀に見る快挙である。
睡眠状態もよい。健康面もよい。まず便の具合がよろしい。(汚ねえ。(゚皿゚メ))
今のところは、それほど酷い飲酒欲求も出てこない。

ときたま、テレビのCMシーンや、雑誌の料理記事などを見れば、
あー旨い肴といい酒を頂ければなあ、と昔の記憶が蘇る瞬間もある。
至福の喜びを感じたいなあ、などとも思ってしまうこともある。
時には酔いつぶれる快感をも、まだ忘れてはいない。

確かに、過去には、酒を旨く感じた時期もある。
真夏にロードレーサーで100㎞走破したあと、御所の芝生に倒れ込み、
抜けるような蒼天を仰いで、冷えたビールを乾いた喉に浴びせる爽快感。
紅葉を一日中友人と散策し、夕刻に辿り着いた落ち着いたバーのカウンターで、
軽い疲れとともに琥珀の液体をストレートで胃腑に流し込む堪らなく心地よい刺激。
気の合う友人逹と、文学や芸術や学問や政治や恋人や未来の抱負やら、
青春の息吹を共感しながら、夜を徹して語りあい飲んだ酒。

あのころは良かったなあ。若いころの話だ。

だんだんと歳を帯び、楽しさや希望や粋などとは無縁となり、
アルコールであれば、酔えれば何でもよくなり、
友人と飲むより一人で飲むことに傾斜してゆく。
朝酒に手を染め、休みとなれば昼夜を分かたず寝るか飲むかの生活に。

家族が咎めれば、隠れ酒が増えてくる。見つからぬ場所に酒びんを隠し、家族が寝込んでから飲る。
仕事に行く振りをして、会社にも行かず、公園や川の土手で朝から煽る癖もつく。
会社には無論嘘の理由で休暇を取る。度重なれば、体調がすぐれないなどは言わなく(言えなく)なる。
終いには言うに事欠いて、親族の危篤や葬儀のネタも披露する。
一体何人の親戚縁者(会社から弔電の来ない親等)を葬ったことであろうか。(; ̄Д ̄)

健全な酒からは程遠い醜悪な飲み方に崩れ堕ちてゆく。
酒さえあれば、落ち着けるようになる。体の具合も気分も楽になる。
この時点で肉体にも精神にも完全に憑かれているのだが、それにも気付かなくなる。
アルコールが至上の物となり羞恥心の欠片すらも失ってしまう。

そういう時代には、もう戻りたくない。
よくぞ、みっともない生き様を、家族にも友人にも仕事関係者にも
世間様にも晒して来たものだと思う。最低であったなあ。

最近、帰宅時の電車のホームや車内で、アルコールを抱えている
サラリーマン風情のおじさん逹を見かけると、過去の自分が投影されて、
なんとも云えない淋しさ、侘しさをも感じてしまうこの頃である。
美味しそうに飲んでる人は一人もいないように見えてしまう。

たった2ヶ月で、こんなことを言う資格はまだまだないだろうが、
他の人の書いた断酒ブログを読み漁り、自分もブログで棚卸を続けることで、
みっともない人生だったなあという自省の念が確実に根付いてきている。
同時に、先達のように2年3年と継続できそうな灯火が朧に見えてきた気がする。

1日1日が大切。これが人生すべての基本なり。
と、悟りを開きかけたとも窺われる酒呑童子でした。(´・ω・`)



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2013年04月29日

もう五月晴れの陽気である。
つつじが咲き乱れている植込みの脇を抜けて、よたよたと走る。
昨日思い立って、数年ぶりのジョギングを決行した。
無理をせず、1時間弱。走るというよりはウォーキングに近い。
それでも、うっすらと汗をかき、近年にない清清しい気分を味わった。

思うにアルコール依存症から回復した人は別として、
依存から抜けきれないうちは、運動している人はほとんどいないのではなかろうか。
以前AAに参加していた時のMTGでも、あまりスポーツの話などは聞いた記憶がない。
また、現役のスポーツ選手でアルコール依存症という話も、あまり耳にしないようである。
現役を退いてからは、ヤクに手を出したり、アル中になったりする記事は時折拝見はする。

つまりだ。スポーツや運動で、体を動かす、汗を流すことは、
アルコール依存症から遠ざかる一つの処方ではなかろうか、と思ったのだ。

汗とともに、何十年もの堆積してこびりついた酒毒を洗い流そう。
腐った酒精を絞り出そう。汗と一緒にアル中の神様も抜け出してしまうかも。

健全なる精神は健全なる身体に宿る。
まさにそのとおりだろう。
アル中の不健全精神は、やはり、健全な肉体には寄り付かず、
不健全な肉体に宿ることになり、アルコールがどんどん不健全化を加速させる。

しばらくジョギングを続けてみよう。
そういう理屈を信じて、しばらく走ってみよう。

実はというと、本当は、そういう理由で始めたのではない。
酒を止めてからというもの、無性に甘いものへの嗜好が募り、
いいおじさんがアンパン、羊羹、チョコレートなどと、女子高生なみの甘党となり、
2ヶ月で体重が6kgも増えてしまい、ズボンを穿くのがシンドイのだ。(´;ω;`)

ダイエットを目指して、昨日、初走行を試みた次第なのであるが、
運動したあとの爽快さが、酒毒も抜けてゆく印象と重なったのである。

1石2鳥となるか、乞うご期待。
共倒れが一番怖いが。(; ̄Д ̄)


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2013年04月27日

以前の記事で、底を尽く(1)(2)を書いたが、
その底尽きの丁度1年後の3月末でのことである。
やはり、この春先の時期が経験上一番危ない。
エイプリルフールがジョークでは済まなくなってくるのだ。
依存症にかぎらず、五月病とか、春は精神的に不安定なのだろう。

書いていて気づいた。また前の底尽きとほとんど同じパターンだった。
上海に数日出張していた。前回の失敗があるので、会社の人の手前、出張中は気をつけていた。
だが、金曜日の帰る日に時間的余裕があった。
一人で淮海路という繁華街に立ち寄り、ふっと昨日までの仕事から気が抜けたとき。
帰りは一人だ。誰にもわからない。そう囁く内からの声が聞こえた。
もう何も躊躇わずに、白酒を買ってしまう酒呑童子であった。

後は前回同様、どう帰ってきたやら寸分も覚えていない。
そんな状態だったが、1年前の事もあり、死ぬ思いで、月曜日に出社した。
けれども、既に飲酒欲求が抑えられなくなっていた。夕方の退社までも待てない。
午前中で風邪気味とか言って退社するや、会社に一番近いコンビニに駆け込み、焼酎を呷った。

それ以降、また記憶がない。出社せずに飲み続ける。連続飲酒発作である。
奈落の底へ落ちていく。自分一人では抜け出せない蟻地獄。
一人で、止める者がいなければ、必ずや死に向かってまっしぐらだ。
そして、この発作は1回目よりは2回目、2回目よりは3回目と酷くなる。

ただ、1年前の前科があったので、会社の同僚が嘘の欠勤に怪しみ、
今度は10日目には、アパートへやってきた。
助かったと思った。明日から出勤する気になった。

出社したものの、会社で文章が書けないのである。思考がうまくできないのだ。
手も振るえる。仕事どころではない。
前年の底に比べて飲む酒のアルコール濃度が上がっていたせいか、
完璧に脳にダメージが来ていた。

社長に呼ばれ、その筋の病院に行くよう薦められる。
2度目なので、従わざるをえない。下手したら首である。下手せずとも危ない。

次の日、京都の専門医院へ無理を言って予約を入れた。
久里浜式テストなど書かされ、女性カウンセラーからヒアリングを受ける。
1時間以上、やたら詳しく生い立ちから何から問診される。

通常の診察時間まで待って、ようやく医師の診断である。
1冊の本を読むように渡された。(この本は、後日また紹介する。)
毎週通院。抗酒剤。自助グループ。お決まりのアル中三種の神器である。


ああ、”明日”からいよいよ断酒かと思いきや、医院を出るや否や、
近くの酒屋に走り込み、ワンカップを呷った。”明日”からだ。。。(´・ω・`)
手がぶるぶる震えて、半分くらい零れる。そうして3本立て続け。

次の日から、しばらくは、断酒、通院、抗酒剤、AAを続ける。
しかし、3ヶ月は持たなかった。
体調が良くなれば、底尽きなど、どんどん記憶から遠のき、
連続飲酒発作ほどは往かないまでも、飲酒生活に舞い戻る。
しかし、飲んでる限り、何時かは必ず連続飲酒発作は間違いなく訪れる。

ほんとうに、ぼろぼろであった。

今回は、絶対に忘却せぬよう、ここに書き記して、
忌まわしい過去に戻らないための礎として祈ろう。


アーメン(; ̄Д ̄)


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2013年04月25日

何が趣味ですか、と問われて、まともに答えられるものは何も無い。
人生を通じて、思い起こしてみても、これといって続いたものは皆無である。

若い頃は、バイクに乗ったり、ドライブしたり、
ロードレーサーでサイクリングをしたり、
まだ、健康的な活動をしていた時期もある。
天体望遠鏡で星を眺めたり、音楽を聞いたり、読書に耽ったりもしていた。

歳を取るにつれ、だんだんと酒に侵され、外に出ることさえ億劫になり、
休みになれば(休み以外も)部屋に閉じ籠り、酒を呷る状態になれば、
次第に活動的な、或いは知的な趣味からはおのずと遠のいてゆく。
趣味などに費やす時間も気力も、フェイドアウトしてしまっていたのだ。

アルコール依存症を自覚するまでは、趣味を聞かれて「趣味は酒」ですと、
半分自慢げに嘯いてみたりもしていた。情けない話である。
今は、恥ずかしくて言えない。

思うに、アル症者は概ね趣味がないか、乏しいのではなかろうか。
依存症状の進行具合にもよりけりだろうが、
アルコールが人生第一優先の代物になってしまった段階で、
他の物事に没頭する心の余裕もゆとりも失ってしまうのは自明の理だろう。


”本格的”に断酒を決意してから、そろそろ2か月近くになる。

飲んでいる時期から較べると、やたらと1日の時間が長い。
何か趣味をとも思うが、長年の無趣味が祟っているのか、
この程度の断酒ではまだまだ猿の脳みそに近いのか、これは、と云う物を思いつかない。
まともな人間の思考回路に行き着くまでには、まだまだ歳月を要しそうだ。

また、心の深淵では、アルコールを渇望する何者かが蠢いており、
隙あらばと狙っているのは、薄々と察知できている。
アルコール依存症という”化け物ウイルス”を一旦背負いこんだら、
現在の医学では死滅させることはできないらしい。
一生、キャリアとして生活して行かざるをえないが、活性を抑制する事はできそうだ。

そのためには、没頭できる趣味などを持つ事は、一つの処方箋かも知れない。
などと、考える。でも、さて、何を。(´・ω・`)

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2013年04月23日

前にも書いたように、親父は大酒飲みで酒乱だったが、依存症からは免れた。
そのまた親父である祖父はというと、これまた大酒飲みで、おそらくは依存症であった。
晩年は酒で肝硬変を患い入院するも、夜中に病院を抜け出し、酒を呷って逝ってしまった。

親父に輪を掛けた偏屈者で、酒のせいで親父とは仲が悪かった。
祖父の飲み方を、親父が諌めて大喧嘩となり、取っ組み合いになった末、
親父が背負い投げで一本を決めたのを、当時中学生だった酒呑童子が目撃している。

祖母が亡くなってからというもの、祖父のアル中振りは目に余るものがあった。
中学校から友人と帰宅する途中、ぐでんぐでんに酔っ払って路傍に倒れている浮浪者を見つけた。
はっと見れば、なんと家のじじいではないか。
身内だとは絶対に友人に悟られないよう、他人を装い、見て見ぬの振りで傍らを通り過ぎた。

こういう世間体の悪い振る舞いが幾度と重なり、
家族と思われるのが嫌で、祖父とは口も訊かなくなっていた。
家族と祖父との会話もなくなり、祖父は孤独の中で、ますますアルコールを求めたのであろう。

親父の酒乱と、祖父のアル中を見て育ち、中学校時代から、
早くド田舎の家を離れて、遠くの地で暮らしたい気持ちが沸沸と膨らんで行った。
高校を卒業し、京都の大学になんとか受かって、
一人暮らしを始めた時の嬉しさといったら、天にも昇る思いであった。

その後暫くして、実家から祖父死去の知らせが届いたが、
葬儀のために帰省する気にもならなかった。
なんとも酷い孫である。
それくらいアル中の祖父の存在を忌み嫌っていたのだ。

しかし、その孫が、一人暮らしを始めるや否や、
なんと、ものの2、3年でアル中の本領を発揮するに到るのであった。

ものの本によれば、アルコール依存症は遺伝性があるようだ。
嘘かほんとか、隔世遺伝するという話も聞いたことがある。
となれば、祖父→酒呑童子→その孫という系譜をたどるのだろうかと、
忌まわしい血脈である先祖累代を呪ったこともある。

ただ、母方には酒飲みはおらず、皆下戸である。
という事は、、アル中と下戸の遺伝子を掛け合わしても、アル中が優性遺伝するのだろうか。
ただ、実妹は一滴ものまない。XY染色体が、メンデルの法則かなにか知らないが影響するのか。。。
などと思索すれども、既にアルコールで萎縮した脳からは、科学する気力も知力も望めない。(´;ω;`)

是非とも、このブログを読まれた科学を志す有志は、研究に研究を重ね、
依存症を断ち切る処方を編み出して欲しいものである。
必ずや、山中伸弥先生のips細胞に次ぐノーベル賞ものだと思うが、如何であろうか。
(但し、選考委員会の委員の過半数が、密かにアルコール依存症に侵されていればの話だが)

科学が進歩し、そういう特効薬が編み出されるまでは、
苦行僧の如くひたすら断酒邁進の難行を続けるしかなさそうだ。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏 (ちょっくら違うか!(((( ;゚д゚)))  )


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