2013年03月

2013年03月24日

思い切ってスマートフォンを買うことにしました。
ずっと、ガラケーでした。そろそろ世の中で住みづらくなって来ました。(*´∇`*)
フィーチャーフォンともいうらしいですが、
ガラケーとは、あのダーウィンで有名なガラパゴス諸島に由来する呼び名だそうです。

いわゆるガラパゴス化やガラパゴス現象を語源とする言葉で、
ガラパゴス化とは、隔絶した環境のために独自に進化した
動植物が存在するガラパゴス諸島になぞらえた言葉だそうです。

1人飲みのアルコール依存者も、ガラパゴス化の一種なのかな、とふと思う。
ただ、これは悪い方への進化(退化ではないか?)のようだ。

お金がないので、ガラケーはそのままにして、スマートフォンは、
3G・LTEは使わずにWi-Fiのみで通信費を極小化するつもりです。

通信費といえば、思い出しました。
softbankの通信料がやけに高く(パケ放題など加入せず)、
調べてみたら、申し込んでもいない画像付きギフトメールとかが、
softbankから頻繁に来ていて毎月の通信費を押し上げていました。
10ヶ月も気づかずに払い続けていました。
ネットで調べると同様の被害者が多数いました。

早速切れました。
ただ、この時は、運良く素面でした。
酒が入っていたら常套化していた因縁が始まっていた筈です。
急にアクセルが入り、ガソリンも目一杯補給して、ショップに向かうやいなや、
「どないしてくれるんじゃい!孫を呼べ!」と座り込んでいたやも。

思えば、酒の勢いでいろんなところに、事ある毎にヤクザみたいな因縁をつけてたな~
KDDIさま、日本航空ならびに関空警察さま、NTTさま、ジャスコさま、ヤマダ電機さま、パナソニックさま、
”特に特に”JRさま、はじめ大手企業・官公庁の皆様 m(__)mスマン!!

まだ断酒24日目だが、人格もすこぶる穏やかになってきたようだ。
もともと羊のように気弱な人間なのです。(*´ェ`*)


クリックをお願いします。
にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村



2013年03月23日

昨日同様、花粉症の鼻汁で目が覚めた。なんと2時半。寝たのが10時。
ちょっと前なら、ここで一杯という事になっていたが、飲酒欲求は今週は全くない。

ブログを始めて、2週間くらい経ちましたが、読んでいただいて、
ほんとうに断酒の励みになります。
過去の経緯や失敗を記憶から風化させないよう、しっかりと書き留めて、
現在、将来の自覚を高めよう。という気持ちで継続しています。

母が亡くなって、もう10数年経ちます。
控えめで、穏やかな性格の女性でした。自分より他人を優先する思いやりのある人でした。
父が若い頃は大酒飲みで苦労しっぱなしでした。
安月給の工員でしかない父の酒代や遊行費で、生活費にも困窮し、
祖母(母方)の家に無心しに何度も通っていたのを憶えています。
金を無心するのは、実の母ながら恥ずかしくて忍びなかったようです。

父は大酒飲みで、散々家族に迷惑をかけてきました。
オマケに酒乱で浮気者ときたもので、毎晩の父の晩酌後の豹変の可能性に皆びくびくしていました。
錯乱して包丁を手にした父から逃れ、母子とも、はだしで家を飛び出して、
すぐ近所の小学校のトイレで一晩息を潜めてした記憶もあります。
堪りかね意見をする母へのDVも何回もありました。忘れたい記憶です。

ただ、不惑とでも言いましょうか、父は40歳を境にピタッと大酒と酒乱は止まりました。
何があったかは知りません。病院へも行ったことはありませんでしたし、
ひと昔の田舎町で自助会などにも通う術もありません。
自分の意思で止めたのでしょう。思うに、大酒飲みだったが依存症ではなかった気がします。
母との間も回復し、穏やかな晩年の二人だったように思います。
その父も6年前になくなり、母の元に向かいました。

ただ、父の死も、母の死も、普通ではなかったので、これは、また後日記録します。

その息子は、酒乱の気はあまりないけれど(そうでもないかも知れない。。。)、
不惑をとうの昔に通り過ぎても、
しっかりと、子泣き爺(古いか?(*゚▽゚*))のような(だんだん重くなる)
アルコール依存症を背負って生き続けて来ました。

世で言うACなのかも知れないが、そんなことは言い訳に過ぎない。
父は父。母は母。自分の人生は親とは無関係に自分で切り開いて行くしかない。
父の不惑には大分遅れを取ったが、まあ、これからだ。(⌒-⌒)


クリックをお願いします。
にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村

2013年03月22日

3時半に起きた。花粉症の鼻水がタラタラで目が覚めた。
どうもこの季節はたまらない。(´;ω;`)

やっと断酒22日目だ。
間に、2回出張があったが、最初は抗酒剤で凌いだ。
2回目は、抗酒剤の必要すらなかった。
今のところは、酒を忘れている時間が大半で、
飲酒欲求もほとんど湧いて来ない。

花粉症のせいで、脳みそは完全稼動とはまだまだいかないが、
落ち着きは見違えるように回復してきた。
デスクワークの8時間が連続して行えるようになった。
とはいっても、PCで仕事をしているふりの時間の方が多いが。。。(´∀`*)
それでも、素面で平静に人並みには見かけ上リカバリできている。

酒を飲まないと日々の時間が本当に長く感じられる。
ということは、この数十年、人よりは短い時間で生きてきたということか(?)
アインシュタインの相対性理論云々からすれば、
人より歳をとっていないということになるのか。
それで、飲み屋に行っても、いつも若く見られるのかな~(☆゚∀゚)

このアホが~!(`・д・´)
それだけ貴重な人生の時間を飲んだくれて捨ててきたという事に過ぎないんだよ!ヾ(▼ヘ▼;)
バカ!カス!マヌケ!

そうか~。。。

ならば、残された人生を素面で通し、目一杯、脳の回転率を上げて、
フルパワーで失われた時間を取り戻そう。という考えが芽生えて来た。
なんと無駄な人生の時間を過ごしてきた(というより、捨ててきた)ものか。。。
まあ、死ななかっただけ儲けものと思って、今からでもやり直そう。
へたをしたら、まだ30年くらい生きるやも知れない。
まだ、たっぷり時間はある。と思おう!(⌒-⌒)

にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村

2013年03月20日

連れて行かれた病院が、普通の総合病院だったため、
たぶんアルコール臭ぷんぷん状態で嫌がられ、血液検査ぐらいで、
あとは専門医へ行くよう薦められた程度だったような気がする。
明日は休んで明後日から出社するという約束を、会社の同僚と交わし病院前で別れた。

明後日から仕事にいくか。よし!飲み納めだ!と早速、黄昏の繁華街に消えていく自分がいた。(*´Д`*)
当然、明後日も仕事に行く筈もない。朝まで木屋町で管を巻いて、朝帰りで昼間寝る生活へ。

堪りかねた会社から郷里の妹に連絡があり、数日後、上洛した妹夫婦に連れられ実家に戻った。
そこからは、1滴の酒も飲まないように監視され、きつい禁断症状・離脱症状が始まる。
挙句の果てに痙攣を起こしため、妹夫婦は、隣町のアルコール専門病院に担ぎ込んだ。
離脱の苦しさと、朦朧状態で意識がはっきりせず、医師に暴言を吐き暴れたため、隔離病棟に入れられる。

この病室の怖さは今でも思い出し身震いさえする。
僅かな小さい窓には鉄格子。コンクリートだけの床。ベッドも調度品も何もない。
部屋の中央に窪みがあり、それが水洗便器だ。金隠しもない。単に穴状の排泄器があるだけ。
何の物体もないコンクリートに閉ざされた部屋。
呼び出し用のブザーがあったか、布団があったかも定かではない。
完全に隔離された精神病棟の怖さ。

離脱が遠のくにつれて自前の閉所恐怖症で発狂寸前の危機感を感じた。
分厚い鋼鉄のドアも、コンクリの壁も、必死で叩き続けても誰も来ない。
このままでは狂うと焦った。
何とか、親戚縁者に連絡をつけて、1週間目に無理やり出た。脱走にちかい。
そうして、そのまま京都にもどり、なんとその翌日から出勤したのだ。

さすがに暫くは飲むのは止まった。そう、暫くだけは

空白の1ヶ月あまり、何をしていたのか思い出せない。
その後、脳みそが徐徐に回復してくるにつれ、次第次第に
断片的な記憶が突然脈絡なしに脳裏に蘇ったが、個々の繋がりは全くない。
ベンチで寝ていて警察官に咎められたシーン。
スナックで模造刀を抜いて追い出されたシーン。
ヤクザに因縁をつけ、胸倉を摑まえられ危うかったシーン。などなどろくな記憶は出て来ない。。。。。
背広のポケットから、木屋町あたりの夜の店のレシートが山のように出てきて、
何百万いくのか計算する勇気も湧かなかった。

あのまま飲み続けていれば、早晩死んでいたんだろうな、
と、孤独な連続飲酒発作の奈落の怖さを、本当に感じたのは、ずっと後のことだった。
このときは結局、それ以降、自ら病院にも行かず、当然自助会など行く筈もない。
つまり、アルコール依存症の自覚が希薄だったのである。
まだ”否認”の段階だったのだろうが、ただ今思うに、1つの底だったのかな。

二度と戻りたくない。今日でなんとか断酒20日目。(´∀`)


にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村

2013年03月19日

この世界で、”底を尽く”という言葉がある。
人それぞれでレベル感が違うだろうが、個々の解釈に委ねればよいと思う。
底の深さで威張れるような代物ではない。

レベルは多少異なるが、過去3回大きな底があった。
思い返すに、3回とも、全て3月後半から4月初旬の発症である。
この春先の季節は、アルコール障害も含め、世の中、皆やばいのかな(?)

7年前、5-6週間の連続飲酒発作に陥った。
離婚して、20数年ぶりに一人暮らしになった時期だった。

仕事で1年あまり中国に滞在しており、ようやく案件が片付いて帰国する日。
空港に向かうタクシーに乗る前に40度近い白酒を買い、車中で飲り始めた。
浦東空港のイミグレに並んでいたことは微~かに覚えてるが、記憶はそこまでだ。
関空に着いたことも、イミグレも、搭乗荷物の引き取りも、税関検査も、
”はるか”に乗ったことも、アパートに辿り着いたことも、全く記憶から跳んでいる。
3月31日だった事だけは、なぜか鮮明に覚えている。

正気(ではないが)、我に帰ったのは、6週目。
会社の同僚が不審に思いアパートに訪ねてきたからである。
適当に理由をつけては休暇依頼の電話はしていたようだ。
もう5月の日差しになった季節にもかかわらず、
築数十年の薄汚いアパートの片隅で、ストーブに火をつけて、冬服のまま布団を被り、
酒瓶を抱えて震えている男を、同僚たちが発見してくれたのだ。

即座に病院に連れて行かれた。
その時、頭の中では、2-3日は飲んだくれ会社を休んだかな。
その程度で、わざわざアパートまで来てくれて、申し訳けないな、
という位の感覚しかなかったのである。だから、4月3日くらいかなと思っていた。

診察の待ち順が長くて、病院の待合室で退屈してしまい、
その頃は読む習慣さえ失っていた新聞を久しぶりに開いた。
記事を読むでもなくぼんやり見渡して、ふと、最上段の発行日に視線が移動した。
一瞬目を疑った。理解できず、数秒間思考が停止していた。
なんと新聞の発行日が、5月×日になってるではないか。驚愕した。フェイク?嘘だろ~

その時、真剣にまず思ったのは、神隠し?w(゚o゚)w オオー!、いや違う。
宇宙人に拉致されUFOで連れ去られて、他の天体で1ヶ月間も人体実験されていたか。
冗談ではなく、本気にそう思って、体に手術の痕跡がないか入念に捜したのだ。
なんと、やはり、頭部に瘡蓋状態の傷まで見つけたのであった。オオーw(*゚o゚*)w
(後日思えば、単に酔払って転倒した際の傷に過ぎないのだが)

<続く(仕事に行くので、すみません)>

今回は断酒続けられそうな気がしてきた。ブログは自助会なみの効果はあるかもね。

クリックもお願いします。という余裕もでてきた。


にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村