2013年03月23日

昨日同様、花粉症の鼻汁で目が覚めた。なんと2時半。寝たのが10時。
ちょっと前なら、ここで一杯という事になっていたが、飲酒欲求は今週は全くない。

ブログを始めて、2週間くらい経ちましたが、読んでいただいて、
ほんとうに断酒の励みになります。
過去の経緯や失敗を記憶から風化させないよう、しっかりと書き留めて、
現在、将来の自覚を高めよう。という気持ちで継続しています。

母が亡くなって、もう10数年経ちます。
控えめで、穏やかな性格の女性でした。自分より他人を優先する思いやりのある人でした。
父が若い頃は大酒飲みで苦労しっぱなしでした。
安月給の工員でしかない父の酒代や遊行費で、生活費にも困窮し、
祖母(母方)の家に無心しに何度も通っていたのを憶えています。
金を無心するのは、実の母ながら恥ずかしくて忍びなかったようです。

父は大酒飲みで、散々家族に迷惑をかけてきました。
オマケに酒乱で浮気者ときたもので、毎晩の父の晩酌後の豹変の可能性に皆びくびくしていました。
錯乱して包丁を手にした父から逃れ、母子とも、はだしで家を飛び出して、
すぐ近所の小学校のトイレで一晩息を潜めてした記憶もあります。
堪りかね意見をする母へのDVも何回もありました。忘れたい記憶です。

ただ、不惑とでも言いましょうか、父は40歳を境にピタッと大酒と酒乱は止まりました。
何があったかは知りません。病院へも行ったことはありませんでしたし、
ひと昔の田舎町で自助会などにも通う術もありません。
自分の意思で止めたのでしょう。思うに、大酒飲みだったが依存症ではなかった気がします。
母との間も回復し、穏やかな晩年の二人だったように思います。
その父も6年前になくなり、母の元に向かいました。

ただ、父の死も、母の死も、普通ではなかったので、これは、また後日記録します。

その息子は、酒乱の気はあまりないけれど(そうでもないかも知れない。。。)、
不惑をとうの昔に通り過ぎても、
しっかりと、子泣き爺(古いか?(*゚▽゚*))のような(だんだん重くなる)
アルコール依存症を背負って生き続けて来ました。

世で言うACなのかも知れないが、そんなことは言い訳に過ぎない。
父は父。母は母。自分の人生は親とは無関係に自分で切り開いて行くしかない。
父の不惑には大分遅れを取ったが、まあ、これからだ。(⌒-⌒)


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