2020年08月31日

はて。もうどの位、酒という液体を飲んでいないのだろうか?
はて。いったい今までどの位の種類の酒を飲んだのだろうか?
という二つの他愛のない疑問がふと浮かんできた。
(どのくらいの量という疑問は、タブーである。)

ニュースで、コロナ禍によって、インドなどで、
メチルアルコールによう中毒死が多発している
という記事に触発されたのかもしれない。

1つ目の疑問は、ぱっと答えられなくなった。
断酒後数ヶ月は、断酒◯日目と指を折って唱えていたが、
そういう日課もなくなり、ブログの更新も月一になって久しい今、
どれだけ断酒したかも即答できなっているのだ。

ああ、ブログ記事の最初の登録日を見れば良い。
・・・2013年3月9日。
確かスタートの切りが良いように1日から始めたから、3月1日。
という事は、・・・丁度今日で7年半になるという事か。ほぅ!

飲酒時代の童子を知っている人々は、断酒など全く信じないだろう。
童子自身、将来飲まなくなる日が来るとは、凡そ信じられなかった。
そう考えて見ると、あの酒呑童子が、いやはやよくやったもんだ。

しかし、かと言ってアスリートや芸能人みたいに、ご褒美などというものはない。
単に生きていたことがご褒美と思わないといけない。
間違いなく廃人になって死を迎えていただろうから。

あと、2年半で10年か。
やっぱり、ご褒美の一つもあっていいんじゃあないかい。
コロナに打ち勝ち、自粛だけれど、運動と仕事はかかさずに、
脳と体の劣化を食い止めて10年を目指すとするか。
何か必ず良い事があると信じて。


で、主題(でもないか)は2つ目の話。
最初に飲んだ酒は、小学生時代の神棚のお神酒。
つまり、日本酒である。なぜか、旨かった。

次は、中学時代に親戚の叔父に飲まされたビール。初めて酔っ払った。
高校になると、夏場の冷蔵庫の棚にある親父の冷酒の隠れ飲み。
けれども、まだまだ常習性は無かった。

高校を卒業して、京都に出てからは、一気に百花斉放。
ビール、日本酒、ウイスキー、ウオッカ、ジン、ワイン、ブランディーにテキーラ。
なんでもありだった。
大半の酒は安酒でもなんでも旨かった。まだ依存症の入口付近。

ちなみに、不味く感じた酒の一つは、あのアブサン。
匂いが独特で、今は見受けないが大昔の”粉歯磨き”の匂いと味を感じて飲めなかった。
しかし、依存症後期には、あれば勇んで呑んでたろう。

もうひとつは、純エチルアルコール。
化学授業の実験室で教官の目を盗んで、3人の悪学生仲間で飲(や)った。
さすがに100%のエチルアルコールは喉が焼けて飲めないから、
これも実験に使う純水で50度に薄めたが全く美味くない。
試しに、酢酸メチルで味付けしたが、どうにもならなかった。

それでも、実験授業が終わったら、三人とも結構酔っていた。
これも、依存症末期に入手してたら、平気で重宝していたかも。
最後はエチルもメチルもわからず、インドのニュースみたいに、
お陀仏になってたかもしれないな。

最後のひとつは、料理酒。
前の家族と暮らしていた依存症末期の時代。
金子も酒もなくなって、最後に見つけた台所の収納庫にあった料理酒。
口に含めば、塩分が強烈な代物。
それでも、ちびりちびりと、末期となれば何でも手を出すものだ。

番外編であるが、薦められても飲まなかったもの、
まむし酒。祖父が山で取ったマムシを一升瓶に入れて納屋に置いていた。
沖縄のマングースvsハブ・ショーの土産物屋で薦められたハブ酒。
祇園のクラブで出てきた、メキシコの長虫が入ったテキーラ。
これだけは、童子の天敵で立ち向かう勇気はなかった。
もっとも、末期ではどうなったかは自信はない。

不思議と、酒の種類と飲んだシーンはよく覚えているもんだ。
それだけで何冊も投稿できそうだが、
まあ、酒を飲んでいる時間が人生の大半だったのだから、
あたりまえといえば、あたりまえか。
さびしいのう。

なにか、過去の飲酒場面の回想だけで酔っ払った感覚がしてまいりましたので、
本日は、このあたりで。

P.S.本命が抜けておりました。
缶酎ハイと焼酎ワンカップ。これが、アル中のトドメを刺しました。

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ctxt0475ctxt0475 at 18:08│コメント(6)