2018年09月18日

アルコール性痴呆症の進行のせいかどうかは解らないが、
最近(否、大分と前から)、めっきりと物忘れが酷くなった。
北海道の旅程を思い出そうにも、困難を極めているのだ。

北海道には、おそらく6日間位の滞在で、
小樽~札幌から道央の大地を横断して知床半島まで。
帰りは苫小牧まで戻り、仙台行のフェリーに乗った。

仙台から東京まで高速を走り、多分上野あたりの安宿で1泊。
東名に乗り京都まで辿り着いた事までは覚えているものの、
北海道での回遊場所や順序が、とんと思い出せない。φ(.. )

アイヌの集落。熊の木彫りの置物。
有名な峠(名は失念)での焼トウモロコシの醤油の香ばしさ。
摩周湖。まりも。網走刑務所。などなど、
断片的なシーンがパラパラと脈絡もなく蘇るのみである。

ユースホステルなどにも、二三日宿泊した記憶がある。
ミーティングとかいう名の懇親会のような時間が苦手で、
当時は酒類禁止が多かった(?ような)宿舎で、
こっそりとウイスキーの隠れ飲みをした記憶も薄っらと。

唯一記憶が明確なのは、道中も終盤に差し掛かるあたり。
知床半島の先まで到達した後、いざ、帰りのフェリー乗り場
である苫小牧を目指してUターン。

車も少なく、真っ直ぐに伸びた2-3km先まで見通せそうな道路。
両側に民家や店舗も一切なく、見渡す限りの畑と草原。
自然とアクセルを踏んでしまう。

飛び出して来るような物は何も見当たらない。
放牧された牛や動物が唯一やばいなと思ったが、
それも数百m前で検知できる程の見通しの良さ。

童子のポンコツで派手な黄色のHONDA1300クーペは、
グングンと調子に乗ってスピードを上げて行った。
スピードメーターは、140㎞をゆうに越えようとしていた。

ポンコツのせいか、車体がガタガタと軋むような音が激しくなった。
同乗していた、童子と同じくらい小心者の友人は、怖くなったのか、
「おい!空中分解するかも。スピード出し過ぎ・・・」

流石に童子も恐怖を感じて、アクセルを緩めようとした、その瞬間。
2-300m先に、突然黒っぽい影が道路上に現れたのだ。
牛か熊か、それとも。あぶねえやっちゃなあ。と目を凝らせば、

やや!人間のようである。しかも紺色の制服に・・・制帽。あっ!。(((( ;゚д゚)))
しかしなんで、こんな所に急に手品師のように降って湧いたのか。
ブレーキを踏みしめるしか手はなく、観念して誘導される方向に停車。

見れば、左側の畑の20m奥まった所に、農機具か何かを保管するような、
高さは大人の背もないくらいのちっちゃな掘立小屋が。
もう一名の制服が板の扉から覗いて、おいでおいでをしてた。φ(.. )

その時に、数分前に対向車のトラックがライトを
パッシングさせた意味がわかったのだ。
親切にネズミ取りの情報を知らせてくれたのだが、
京都で性格がひねくれていった童子たちは、煽られたと感じてたのである。
人の親切を気付くに、時すでに遅し。(´・ω・`)

台風でも来れば潰れそうな掘立小屋に、
体を折り畳むような姿勢で屈めて入れられた。
狭い小屋の中に入れば、なんと監視用の機器類や
無線通信機器などがずらりと配置されていたのだ。

如何にも田舎の農家っぽい風貌の老齢の警察官で、
「はい。80㎞(確か)オーバー。」と穏やかに言われただけで、
不思議と、お咎めや叱責などは微塵もなかった。

不安になった童子は、
「免許取り消しには、ならないですよね?」
と尋ねれば、

「さあ、今ここでは、はっきりとはわからないよ。
ああ、京都の学生かい。
将来出世して、お抱えの運転手付きなんだろうから、
免許なんか要らないよね。顔見ればわかるよ。」
と予言するかの如く、しかし無責任に慰められた事だけは、
今でもしっかりと覚えている。

もっとも、この件では、元モー娘のなんたらとは違い、
もう昼過ぎの時刻で、昨夜のアルコールは、かなり抜けていたため、
酒気は検知されず、速度違反のみで済んだ。

京都に戻り、裁判所か公安かに出頭して、
確か2ヶ月位の免停で済んだのだが、やはりアル中に車は厳禁。
案の定、その後、別の事故で見事に取り消しとなるのだった。
モー娘を、とやかく言う資格は、どこにもありませんでした。φ(.. )

そうして、北海道の掘立小屋の警官が予言してくれたようには、
あいにく、お抱え運転手付きの人生には至らなかったのである。(´・ω・`)
南無三。

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